昨今注目されているスマート工場だが、その構築や運営にはさまざまな問題が立ちはだかる。場合によっては構築の初歩の段階からつまずくことさえあるかもしれない。
3月6日に開催された「TECH+セミナー スマートマニュファクチャリング 2025 Mar. めざす工場の姿をデザインする」に慶應義塾大学先端研究教育連携スクエア 教授の松川弘明氏が登壇。次世代のスマート工場の構築と運営における諸問題と、その解決のために考えるべきことについて説明した。
スマート工場で在り続けるための条件とは
スマート工場といっても業界や企業によって生産形態や条件は異なるため、一概にそれを定義することは難しい。そこで松川氏は、先進的な事例からキーワードを抽出することでスマート工場の必要条件を5つ導き出している。それが固有技術である「自動化」、「情報化」、運用も考慮する管理技術である「同期化」、「自律化」、「最適化」である。固有技術と管理技術はどちらもスマート工場には必要不可欠なものだ。
ただ、この5条件はあくまで静的条件であり、今日のスマート工場が明日もスマート工場で在り続けるためには、さらに満たすべき動的条件がある。それが「進化の仕組み」と「サプライチェーンマネジメント(SCM)の最適化」だ。刻々と変化する環境のなかで設計や運用を見直しながら常に最適化を実現できるような進化の仕組みを、設計段階から考えておく必要がある。また、自社だけでなくサプライチェーン全体の最適化も考えなければならない。
「現代では調達、製造、販売等を含めたサプライチェーン全体としての競争になっており、サプライチェーン全体の最適化を抜きにして企業の競争力や産業競争力を論じることはできません」(松川氏)
SCMの価値創造を阻害する要因
SCMの価値創造を阻害する要因として、まず調達における納期遅れの問題がある。例えば完成品を組み立てるメーカー企業が、複数の工程をそれぞれ別の企業に外注するということはよくあるが、ここでは日常的に納期遅れが発生している。第1工程の外注企業ではほとんどの加工で納期を守れるとしても、一部で納期遅れが発生する。第2工程以降でも同じく一部で納期遅れが発生するし、第1工程で遅れた部品の加工は後回しされるため、工程が後になるほど遅れが重なる。その結果最終工程では長い納期遅れが発生することになる。
「納期遅れは自分の工程ではなく、前の工程の責任だと言い逃れをする傾向があります。それは自責と他責を区別できるデータをとっていないからです」(松川氏)
納期遅れを予防するためには、最終工程を組み立て工程と同期化する方法もあるが、そうすると前工程の投入時間を早めなければならない。また最終工程だけをマネジメントすると全ての工程の管理が難しくなり、在庫の山と慢性的な納期遅れが併存する可能性が高い。
「こうした問題は、マネジメントの仕組みによるものです。各企業や工程責任者が、サプライチェーン全体の効率のために協力する必要があるのです。他人を責めていてはサプライチェーン全体としての競争力は向上せず、結果的に自社も損することになります」(松川氏)
生産における価値創造の阻害要因としては、稼働率至上主義がある。例えばあるメーカーで、ある工場の設備がボトルネックになりがちなため、稼働率を見える化するシステムを導入したとする。すると、TOC(Theory of Constraints、制約条件)理論によるボトルネックのバッファリングが正しいと盲信している現場では、稼働率を最大にするために仕事を溜め、ボトルネックになる工程の前に在庫の山をつくってしまう。
「加工順を変えて稼働率を高く保ち、在庫も適正水準に抑えるように制御すべきなのです。管理技術が分からないと経験に頼るしかないため、トラブルシューティングの毎日になってしまいます」(松川氏)
問題解決のためには原理原則を重視する
スマート工場の構築や運営にはさまざまな問題があるが、松川氏は「問題を解決するために重要なのは、原理原則を重視すること」だと言う。例えば第一次産業革命の決め手になったのはワットの実用的な蒸気機関だが、その成功のカギは、ワットがニュートンの数学的諸原理などの原理原則に基づいて、それまでの蒸気機関を効率よく改良したことだった。一方、イギリスから産業革命が始まったのは、英政府がアダム・スミスの国富論を国策に取り入れ市場経済という仕組みをつくったことが大きい。こちらは「見えざる手」や特許制度といった原理原則を用いたことが成功のカギだ。他者の事例から学ぶ場合も、原理原則が重要だ。成功の背後には原理原則があり、それを演繹的に展開して自社の環境に合わせれば、成功確率を高めることができる。
問題があった場合、現地で現物を現認すれば机上の空論を避けられるため、解決方法として現場主義には一定の合理性がある。しかしシステム全体を考えると、現場主義がかえって現場を混乱させることもある。現場主義は数カ月先を見ながら目の前の問題を解決するのが難しいためだ。
望ましいのは、現場と原理原則の双方を重視したアプローチだ。現場の経験はもちろん重要だが、原理原則が分からなければ効率よく解決することは難しい。とくに、経験を重視するあまり排他的に現場主義になるのが「もっとも悪い例」だと同氏は指摘する。そうなると原理原則を机上の空論だと批判したり、固有技術に現場主義を加えれば全ての問題に対処できると思い込んだりしてしまう。
「問題解決においては経験だけでなく、原理原則も大事にしなければなりません。つまり現代の競争に勝つためには、管理技術の導入が必要不可欠なのです」(松川氏)
部分最適と全体最適の融合
部分最適と全体最適のバランスも重要な問題だ。よく言われるのは「部分最適から脱皮して全体最適を目指す」ことだが、それでは部分最適を否定することになる。またここで言う「全体」は、実はもっと大きいシステムの一部分に過ぎないことも多い。例えば部門長の言う全体最適は、全社ではなくその部門の最適でしかないこともある。松川氏は、部分最適と全体最適を2択にせず、部分最適の有機結合により全体最適を目指すことが重要だと説明した。
「部分最適なしに全体最適はなく、管理技術なしに全体最適はありません」(松川氏)
情報システムの設計と運営においては、システムを導入すると業務が増えるという、情報の非効率の問題がある。その原因の一つは既存の業務フローをそのままシステム化することだ。また、システム設計を業務フローや要件定義から始めると、まず聞き取り調査を行うことになり、結果的に現状維持型設計になってしまう。
例えば注文や予測に基づいて生産計画をつくると、資源制約を考えずに順序計画だけを見てしまうため実行不可能な計画になってしまう。現場に問題が起きた場合には生産計画部門にフィードバックすることになるが、生産計画作成のロジックに問題があると再び実行不可能な計画が作成され、現場はさらに混乱することになる。
「こうしたトラブルはシステムの設計に問題があるのです。困難が人為的につくられていることに気付いていないことも大きな問題です」(松川氏)
「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」を参考にする
スマート工場に関する問題を解決するために役立つものとして、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と経済産業省が発表した「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」がある。これは、エンジニアリングチェーンとサプライチェーン、サービスチェーン、プロダクションチェーンという社内外にまたがる4つのチェーンの流れに着目することが重要であるなど、構築を始めるにあたって考えるべきことなどを記したものだ。
最後に松川氏は、管理技術と固有技術の融合が重要であることを改めて強調した。
「管理工学の見地からは、エンジニアリングチェーンを固有技術、その他のチェーンを管理技術に分類することがあります。これらを融合することが次世代スマート工場には不可欠です」(松川氏)