ハードオフを上場企業に育て上げた山本善政の 「幾多の試練を乗り越えて」

新品オーディオ販売から リユースへ業態を転換

「足掛け31年で1000店舗ということで素直に嬉しいし、よくここまで来たなと思う」と語るのは、ハードオフコーポレーション創業者で現会長の山本善政氏。

 2024年11月にグループ1000店舗を達成したハードオフグループ。1993年に新品オーディオ販売からリユースビジネスへ業態を転換。テレビやパソコン、スマートフォンなどの家電製品から楽器やCD、おもちゃ、生活雑貨、衣料品など、多岐にわたる商品を扱い、〝リユース業界の雄〟としてここまで成長してきた。

 ただ、ここまで来るには平坦な道のりではなかった。

 山本氏は1972年8月、ハードオフの前身となるサウンド北越を設立。新潟県新発田市でオーディオ・ビジュアルの小売店を始めたのが原点だ。高級オーディオ機器の販売は順調だったが、バブル崩壊後に経営環境が一変。半年で売上が一気に半減した。資金繰りに奔走する日々が始まり、一時は倒産寸前。「落ち着くまでの2~3年で、75㌔ぐらいあった体重が60㌔以下に落ちた」。

 この頃、業態転換のヒントになったのが、1年に一度のペースで開催していた中古品のセール。高級なオーディオ機器を下取りして、在庫になっていた商品を年に一度の〝大蔵払い〟と称して販売したところ、これが好評。この時の経験から徐々に中古品ビジネスの可能性を考えるようになった。

「それまで中古屋になりたいなどと思ったことは一度もなかったし、リユースと言っても誰も理解してくれなかった。実際、『中古品なんて汚いものを売りつけるのか』と言われたこともあった。

 しかし、本業の売上が半年で半減してしまい、待ったなしで決断せざるを得なかった」(山本氏)

 そこで山本氏は〝第2次創業〟と称して、建国記念日にあたる1993年2月11日にハードオフの1号店をオープンする。

 汚い、暗いといった当時の中古品店のイメージを払拭し、明るく、きれいな店舗を運営。バブル崩壊後の不況期とも重なり、日本人の〝もったいない精神〟に響いたこともあって、消費者の心を惹きつけていった。

 現在は海外19店舗を含む国内外1008店舗(2025年1月末時点)を運営するハードオフグループ。山本氏が「21世紀はエコロジーとエコノミーの共生の時代になる」と考え、業態転換に踏み切り30年余。同氏の波乱万丈の人生を追った。

冨山和彦の「わたしの一冊」『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』