九州大学(九大)と大阪公立大学(大阪公大)は、アルマ望遠鏡を用いて、約100億年前の銀河にきわめて似た特徴を持つ天の川銀河の衛星銀河のひとつである「小マゼラン雲」(小マゼラン銀河)内に存在する、大質量原始星の周囲に広がる17カ所の星の形成領域の分子雲を観測した結果、6割程度は天の川銀河の分子雲と同様に細長いフィラメント構造だったが、残りはわたあめのように「ふんわり」とした形状を示すことが判明したと、2月20日に共同発表した。
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アルマ望遠鏡が捉えた小マゼラン雲の分子雲の例。一酸化炭素(CO)分子が放つ電波が擬似カラーで示されており、色が明るいほど電波強度が強い。十字の箇所に誕生したばかりの大質量原始星が存在する。(左)フィラメント構造が顕著な分子雲の例。(右)ふんわりした形状の分子雲の例。
(C)ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tokuda et al.
(出所:共同プレスリリースPDF)
また、フィラメント構造は時間経過と共に、ふんわりとした形状へと変貌していくことが推測され、太古の宇宙では現在よりも星の形成領域のフィラメント構造が崩れやすい条件がそろっていたことを今回の観測は示しており、重元素が不十分な環境では太陽のような星が現在よりも誕生しにくかった可能性が示唆されたことも、あわせて発表された。
同成果は、九大大学院 理学研究院 地球惑星科学部門の徳田一起 学術研究員/特任助教、大阪公大大学院 理学研究科物理学専攻の國年悠里大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
天の川銀河の星形成領域では、一般的に幅0.3光年ほどの細長いフィラメント状の分子雲構造が観測されている。同構造は、分子雲同士の衝突や、超新星爆発による衝撃波によって形成されると考えられている。その内部において、分子雲の濃度がより濃くなっていくと星の卵である「分子雲コア」が形成され、それがさらに収縮していくと原始星の誕生へと至る。しかし、このような星形成の様子を観察できるのはせいぜい局所銀河群内でも近隣の銀河までであり、初期宇宙のような遠方銀河で確かめることは不可能だ。
地球から約20万光年の距離にある小マゼラン雲は、分子ガスの観察と原始星の詳細な観測が可能な局所銀河群内の銀河の中で、重元素量がきわめて少なく、天の川銀河のわずか5分の1ほどでしか存在しないという特徴を持つ。これは、100億年前の初期宇宙の銀河と同等の環境だ。つまり同銀河は、初期宇宙の銀河において星がどのように生まれるのかを観測するのに非常に適した場といえる。
しかし、従来の小マゼラン雲の分子雲に対する観測では、空間分解能が十分でないことが多く、普遍的に約0.3光年の幅のフィラメント構造が見られるのかは不明だった。そこで研究チームは今回、小マゼラン雲の分子雲の性質を詳細に調査するため、同銀河において「太陽の20倍以上の質量を持つ大質量原始星」が誕生しつつある領域の分子雲17カ所を選定し、アルマ望遠鏡が取得したデータを解析することにしたという。
その結果、観測対象の約60%が天の川銀河と同様に0.3光年程度の幅を持つフィラメント構造を示す一方、残りの約40%はふんわりと広がっている形状を示すことが確認された。加えて、フィラメント状の分子雲の温度は、ふんわりとした分子雲よりも高い傾向にあることも明らかにされた。
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アルマ望遠鏡が捉えた小マゼラン雲の分子雲の一覧。背景は欧州宇宙機関のハーシェル宇宙天文台が遠赤外線で観測した小マゼラン雲の全体像。拡大図は、アルマ望遠鏡が観測した分子雲(COが放つ電波)で、丸印がその位置。黄色枠で囲われている画像はフィラメント構造を、青枠で囲われている画像はふんわりとした形状が示されている
(C)ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tokuda et al., ESA/Herschel
(出所:共同プレスリリースPDF)
大質量星が誕生するような分子雲では、分子雲同士の衝突などで生じる衝撃波によって、温度が急上昇すると推測されている。天の川銀河のように、冷却剤として機能する重元素(赤外線を放射することで冷える)が豊富な環境では、そうした高温状態でも短時間で冷却が進み、絶対温度10K(約マイナス263度)ほどの非常に低い温度に急速に低下する。しかし、重元素が少ない小マゼラン雲のような環境では、十分に冷却するまでに時間がかかるため、高温状態が長く続きやすいことが推測されている。
フィラメント状の雲とふんわりした雲の違いは、分子雲が形成されてからの時間経過の差を反映している可能性が高いという。その理由として、分子雲は周囲のガスと相互作用を行う「開放系」である点が重要とする。温度が高い状態では分子雲中のガスの乱流は抑制される一方、温度が低下すると外部から流入したガスの運動エネルギーによって乱流が活発になりやすい。その結果、フィラメント構造が崩れ、ふんわりと広がる分子雲へと変化すると考えられた。
分子雲がフィラメント構造を保つ場合、分裂が促進され、太陽のような比較的小さな星を多く生み出す環境が形成される。他方、フィラメント構造を維持できない場合は、太陽系のような惑星系が誕生しにくくなる可能性があるという。今回の研究では、環境が比較的整っている天の川銀河では、フィラメント構造が長く維持される結果、太陽系のような惑星系の形成に重要な役割を果たす可能性が示唆された。
今後はこの研究成果に基づいて、より重元素量の多い天の川銀河などの分子雲との詳細な比較が重要となると考えられる。このような研究は、星の誕生現場となる分子雲の形成と時間変化について、理解を深める上で新しい着眼点を提供するとしている。