
日本企業の慢性疾患の本質をリアルに掘り下げる
顧客基盤やブランド力を有し、洗練された組織オペレーション力を持ち、資金力もあり、環境変化を察知し対応する優秀な戦略スタッフも揃っている既存の大企業がなぜ経営を誤るのか?
1997年のハーバード大学クリステンセン教授による名著『イノベーションのジレンマ』は、破壊的イノベーションによる経営環境の大きな変化、ゲームチェンジに対する既存の大組織の適応不全の必然性という観点からこの問題を解き明かしている。本書は企業が成長し組織化すること、機能分化すること自体に全体としての合理的思考を妨げる「構造的無能化」の必然性があるという観点から、この問題をさらに掘り下げる。
昨今、某自動車メーカーの再びの経営危機に際して、他社との経営統合検討が大きな話題となり、その原因についての評論がかまびすしい。カネボウ、ダイエー、JAL、東京電力など「一流企業」「名門企業」の再生に関わってきた経験で言えば、急性期的状況に対して、世の中で語られる原因論のほとんどは真の病理の結果としての症状に過ぎない。暴君が悪政をしいたのが直接の原因だとしても、その背景には、暴君が権力を握り君臨し続けられたガバナンス上の病理がある。
ゲームチェンジングゲームの時代、求められる戦略の変容幅、事業モデル転換の変容幅はさらに大きくなる。そこで合理的な経営行動を行うには組織構造的な慣性、経路依存性に激しく抗わなければならない。
障害が構造的である以上、「危機感共有」みたいな精神論に留まらず、人事、組織、戦略、事業モデルを貫く整合的な変革が必要なのだ。本書はそのことを見事に解き明かしてくれる。21世紀版の日本企業向け「イノベーションのジレンマ」とも言うべき重要な著作である。
以前、この欄で紹介した慶應義塾大学の岩尾俊兵氏もそうだが、日本企業の慢性疾患の本質をリアルに掘り下げ、真の処方箋を提示する若手経営学者が出てきたことは頼もしい。