三重大学は2月19日、ダウン症候群の人の細胞から過剰な21番染色体を除去する手法を開発したことを発表した。
同成果は、同大医学系研究科の橋詰令太郎 講師(戦略的リサーチコア、ゲノム操作・解析技術開発ユニット)らの研究グループによるもの。詳細は2月18日付の「PNAS Nexus」誌にオンライン掲載された。
ダウン症は、ヒトの21番染色体が通常2本のところ、1本過剰で計3本となっているトリソミーが原因で、知的発達障害などを合併するため、個人により程度の差はあるものの、ほぼ全例において生涯規模の支援が必要とされている。現在、日本では約700出生に1人がダウン症の状態とされるが、知的発達障害への改善策はなく、過剰な染色体そのものを細胞から有効に消去する技術もなかった。
今回、研究グループでは、ダウン症者の皮膚から線維芽細胞を採取し、iPS細胞を樹立。このiPS細胞から、染色体工学を応用して、3本ある21番染色体を1本ずつ削除したiPS細胞を3種類作出し、これらの細胞の全ゲノムシークエンスの結果をコンピュータ処理し、単一の21番染色体に特有のCRISPR/Cas9認識配列を抽出。こうして抽出された配列情報をもとに、標的21番染色体を複数箇所で切断するCRISPR/Cas9システムを構築し、そのシステムをダウン症者iPS細胞に作用させることにより、最大37.5%の頻度で標的染色体を細胞から消去することに成功したという。
また、詳細な調査から、染色体消去率は染色体切断数に比例すること、ならびに遺伝子修復の働きがある遺伝子の一時的な抑制で染色体消去率が上昇することを見出したとするほか、3本ある相同染色体の特定の1本を特異的に切断すること(アレル特異的切断)が、標的染色体の有効な消去に重要である事も確認したとする。
さらに、染色体が消去できた状態で細胞の特性が正常化するかどうかを調べる必要があったことから、このアレル特異的染色体切断を引き起こすCRISPR/Cas9システムを用いて、過剰染色体が消去されたiPS細胞の遺伝子発現パターン、細胞増殖速度、活性酸素処理能などの詳細な調査を実施。その結果、これらの細胞特性は正常化を示したとするほか、iPS細胞以外の分化細胞(線維芽細胞)や、非分裂細胞においても、同システムを用いて染色体が消去されることも確認したとする。
ダウン症者は、知的発達障害が幼年期からみられることに加え、近年は医療技術などの発達に伴い、成人期ダウン症の人も増加傾向にあり、そうした青年期〜成人期にアルツハイマー病や急性退行の発症リスクが高いことも分かってきたという。そのため、研究グループでは、今回の研究が進展していくことで、ダウン症の本質的な病因である過剰染色体そのものを消去する、いわば「染色体治療」が可能となれば、ダウン症の合併症の低減に貢献することが期待されると説明しているほか、昨今の出生前診断にまつわる「生む・生まない」の議論に、「治療する」という新たな選択肢を提示できるようになる可能性があるとしている。