円を描きながら振動する光「円偏光」の色が、こするだけで変わる有機結晶を横浜国立大学などのグループが作った。青色の発光がこすると青緑になり、超音波照射や加熱で戻る。円偏光は人の目には普通の光と区別がつかないことから、紙幣の偽造を防止する印刷に用いるインクや、専用メガネで見ると3次元画像が浮かび上がるディスプレーなどへの応用が期待できる。
右手と左手のような構造をもつ鏡像異性体(キラル分子)と発光する分子からなる発光体は、らせん状の光である円偏光を発する。横浜国立大学の伊藤傑准教授(有機化学)によると、2000年頃から有機溶媒に溶かした発光体の主要な研究が進み、応用に向けた固体発光体の研究が2010年頃から盛んになりつつあるという。しかし、材料のコストや、こするなどして材料の結晶構造が崩れると発光しにくくなるといった問題があった。
伊藤准教授は、将来的な応用のしやすさを重視。代表的なキラル分子であり、比較的コストがかからず手に入れやすいアミノ酸のひとつ「プロリン」に、ベンゼン環が4つ連なった構造を持ち2つの発光パターンを持つピレン環を組み合わせた「キラル発光分子」を2つ合成した。
2つのキラル発光分子はそれぞれ、D体かL体か片方のキラル分子からのみなる結晶を作るタイプ(エナンチオピュア結晶)と、DL両方のキラル分子を等量含む結晶をつくるタイプ(ラセミ結晶)になった。ブラックライトを当て、取り込んだ光のうち発光する割合である発光効率を測るとおおよそ2~4割の発光だった。発光の光の波長は400ナノメートル(ナノは10億分の1)台だが、薬さじで粉をすりつぶすように「こする」機械的刺激を与えると、おおむね青から青緑に向かう発光の切り替えが起こった。
2つのキラル発光分子から出る光が円偏光かどうかを確認すると、両方ともエナンチオピュア結晶は、左手型と呼ばれるもので左回転の円偏光発光を示すことが確認できた。理論的にも計算上も、発光波長の変化は、分子に含まれるピレン環が離れて孤立したように並ぶか、あるいはピレン環が近くで重なるように並ぶかによって生じるとみられる。
プロリンとピレン環の組み合わせで比較的コストを抑えて固体の円偏光発光体ができたが、生じる円偏光の回転方向が左右両方含まれており、回転を打ち消し合って通常の光のようになってしまうことや、2~4割の発光効率ではまだ低いという課題はあるが、「紙幣の偽造防止印刷に用いるインクなどセキュリティー印刷などへの応用は比較的早く進むのではないか」と伊藤准教授は期待している。
研究は、近畿大学や東京科学大学と共同で、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業や日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受けて行い、独化学会誌「アンゲバンテ ケミー インターナショナル エディション」電子版に1月22日付けで掲載された。
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