最近の――と書くと筆者の世代がある程度わかってしまうが、とにかく最近の回転寿司チェーンは非常に便利だ。魚介類はもちろんのこと、麺類やスイーツも充実しているため、生魚が苦手な人でも利用しやすい。子どもも大人も楽しめるメニューが豊富に用意されている。

中でも、筆者のお気に入りはくら寿司。店舗が家の近所ということもあるのだが、「ビッくらポン!」や「抗菌寿司カバー鮮度くん」など、独自の取り組みが魅力的だ。『ちいかわ』『鬼滅の刃』『ブルーロック』をはじめ、人気作品とのコラボレーションもとても嬉しい。そんな同社は、タッチパネル注文やアプリからの注文といった、店舗のデジタル化にも注力する。そこで今回、くら寿司ならではのデジタル化の取り組みと、それを後押しするGitLabとの連携について取材した。

  • くら寿司の抗菌寿司カバー

    くら寿司の抗菌寿司カバー

「くら寿司ならでは」のDXを推進

くら寿司は1977年に大阪府堺市で創業。創業者の田中邦彦社長が、幼少期に「蔵」の中に何が入っているのかを想像して楽しんだエピソードから、来店客にわくわく感や楽しみを与えられるようにとの願いを込めて、「くら寿司」が誕生したそうだ。

1987年にE型レーン、1996年に水回収システム、1999年に自動廃棄システムなどを次々に店舗に導入。2000年におなじみのビッくらポン!の提供を開始した。その後も、予約システムやスマホ注文、スマホ決済など、利便性を高める工夫を続けている。

くら寿司のDX本部長を務める中林章氏は、「くら寿司ではこれまで、店舗の機械化やデジタル化をそれぞれ積み上げるように進めてきた。その結果、バラバラな仕組みやシステムが乱立してしまったので、今はそれらをデジタルを使って連携させている」と語る。

  • くら寿司 執行役員 DX本部長 中林章氏

    くら寿司 執行役員 DX本部長 中林章氏

同社は2022年11月から、「くら寿司流DX(デジタルトランスフォーメーション)」を進めている。まずは、ステップ1としてデジタルテクノロジーの拡充とデータ利活用の強化を図った。翌年からはステップ2として、顧客サービスと事業活動のリアルタイムな連携を図っている。くら寿司流DXでは、デジタル社会でも独自性と競争力を持つ「くら寿司ならでは」のDXを推進している。

  • くら寿司流DXの概要図

    くら寿司流DXの概要図

2週間のスプリントを実現するためにGitLabを導入

中林氏によると、現在くら寿司では2週間に1回の頻度で戦略会議・販売促進会議が開かれるという。そこで、くら寿司のDX部門ではこの経営サイクルに合わせたサービス開発が求められていた。

中林氏は「2週間に1回というサイクルで開発チームが動くためには、DevOpsの手法を取り入れる必要があった。しかし、DevOpsのツールを内製するのは難しいのでGitLabを導入した。当社が求める一連のサイクルにフィットするツールがGitLab以外には見つからなかった」と振り返った。

GitLabの導入が決まってから定着するまでは、およそ1カ月という短期間で実現できたそうだ。ユーザー数の規模は10~15人程度。GitLab担当者による勉強会やサポートを受け、1~2周のスプリントを実践することで現場に定着したという。アジャイル開発の手法のスクラムでは、1週間から2週間といった短い期間を「スプリント」と呼び、スプリントを反復することで開発を進める。現在は主にアプリ開発とデータプラットフォームに携わるエンジニアがGitLabを利用している。

  • GitLabが支援する一連の開発プロセス

    GitLabが支援する一連の開発プロセス

くら寿司の開発戦略について、GitLabのカントリーマネージャーを務める小澤正治氏は「企業がどのようにソフトウェア開発基盤を持つべきなのか、中林さんが明確にビジョンを持っている点が強み。一般的には、ツールにワークフローを合わせるのは難しいのだが、くら寿司では社内の経営層の権限委譲が適切に行われ、中林さんのリーダーシップの下でスピード感のある開発サイクルが実現されている」と話していた。

  • GitLab 日本カントリーマネージャー 小澤正治氏

    GitLab 日本カントリーマネージャー 小澤正治氏

くら寿司のデジタルサービスはDX部門が主導

くら寿司ではITに関する部署の立ち位置が特徴的だ。多くの企業では、IT部門やシステム部門はネットワークの高度化やシステムの導入など、社内向きの業務が多いだろう。しかしくら寿司は飲食店という性質上、店舗から始まった企業であることから、ITの部署とビジネス側の部門との垣根が低いという。

こうした背景から、同社ではIT部門や情シス部門とは呼ばずに、DX部門として売上を最大化するための取り組みを推進しているそうだ。DX部門はプロフィット部門ではないものの、より良い店舗運営のための取り組みを進めている。そうした中で、上記の通り2週間ごとのスプリントのサイクルを回すために、GitLabの導入に至った。

GitLabの導入により、経営のマネジメントサイクルに連動した開発を実現できるようになった。経営によるビジネスバックログと開発のプロダクトバックログを連動させたことで、ビジネスとITのリアルタイムな連携を可能としているという。

また、GitLab導入以前はプロセスや成果物の管理が未整備という課題もあった。GitLab導入により、バラバラなプロセスを単一のプラットフォーム上に集約できるようになったことで、無駄な手戻りなどが削減され円滑なコミュニケーションが生まれた。

  • くら寿司流DXの進め方

    くら寿司流DXの進め方

「ビジネス部門の依頼を受けてシステムを開発する場合もあるが、当社ではその割合が低い。それよりも、売上や来店客の増加につながるシステムをDX部門が提案して作る場合の方が多い。くら寿司が提供するサービスのうち、デジタルに関してはDX部門がこだわりと責任を持っている」と中林氏は語る。

その一例が、店舗に設置する「新タッチパネル」である。これは、従来の注文ができるタッチパネルに、商品のレコメンドなど来店客とのコミュニケーションを図る機能を追加したもの。このような機能改善や新しい価値提供を、DX部門が主導している。2週間ごとのスプリント開発によって効果を確認しながら改良しているという。

  • 「新タッチパネル」のイメージ

    「新タッチパネル」のイメージ

くら寿司流のDXで世界一のレストランに

くら寿司では今後、2週間のスプリントを適切に管理するため、高度なスキルを持つプロジェクトリーダー / スクラムマスターの育成に注力するという。驚くべきことに、中途採用ではなく新入社員を育成する。ここでは生成AIなども活用しながら、くら寿司に蓄積された「くら寿司流DX」のノウハウを継承するとのことだ。

「将来的には、くら寿司を世界一のレストランにしたいと思っている。バブル期以前に生まれた日本のグローバル企業は、共通してアメリカ市場でも成功している。くら寿司はバブル以降に生まれた企業としては久しぶりにグローバル企業への挑戦権を掴みかけていると考えているので、くら寿司ならではの独自のサービスを世界に広げていきたい」(中林氏)

  • 中林氏と小澤氏