事例の公開が少ない金融業界のデータマネジメントについて探る全6回シリーズの「金融業界のデータマネジメント最前線」(主催:TECH+、データ横丁)。12月17日にオンライン開催された第4回には日本生命保険のデジタル推進室 専門課長の佐藤慶氏と、同 副主任の大熊大智氏が登壇。データマネジメントの取り組みや勝負どころについて、これまでの経験を基に話した。
ノーデジタル・ノーライフ時代に向け、2019年にデジタル戦略を開始
生保大手の日本生命保険は1889年創業、約6万8000人の従業員を擁する。同社では2019年より「デジタル5カ年計画」としてデジタル戦略を進めた。「ノーデジタル・ノーライフ時代への変化に適応する」ことを目指しており、同計画において、データ利活用を1つの柱として、取り組みを進めてきた。2024年よりDX戦略へと取り組みが進化するなかにおいても、重要視されているという。
具体的には、保険事業を通じて集積してきた既存のデータ、デジタル活用や保険外の事業を通じて新たに取得した新規データの2つを掛け合わせ、分析とアクションを行う。狙うのは、収益拡大、CXの向上、業務の効率化と高度化、リスク管理の改善などだ。
佐藤氏は「既存の資産をうまく活かしながら、どうやって技術の動向を見据えて拡張性が高いデータ基盤を構築していくのかが1つの命題」だと話す。その命題に対し、グループ会社と一緒に基盤を整えるなどの取り組みを進めてきた。
今回紹介されたプロジェクトは以下の2つだ。
1つ目はオンラインで顧客とのコミュニケーションが闊達になったことを契機に、そこから得たデータを使いながら最適なアプローチ先、顧客、アクション内容をレコメンドするという取り組みだ。コンサルティングの質を高め、顧客満足度や労働生産性の向上につなげている。
2つ目は、ヘルスケアの領域で健康に関するデータを匿名加工し、医療費予測モデルを構築。これを健保組合に提供したり、健康増進施策に繋げたりといった取り組みである。
ビジネス部門、データ推進室、エンジニアでPPDACサイクルを回す
日本生命保険のデータ利活用の特長は「伴走型データドリブン運営」だ。では、それはどのようなものか。
大熊氏は「プロジェクトの流れであるPPDACサイクル」「ビジネス力、データサイエンス力、エンジニア力の三位一体」「ビジネス×ITが一体となる体制」の3つのキーワードを挙げた。
PPDACとは、問題(Problem)、計画(Plan)、データ(Data)、分析(Analysis)、結論(Conclusion)の頭文字をとったものだ。これを当てはめると、課題を抽出してゴールを設定し、分析設計をしてデータの収集と加工を行う。最後に分析をして、その結果を読み解くものだと大熊氏は説明した。
通常ならばデータサイエンティストが1人で全サイクルを回すところだが、データサイエンスの能力に加えて、ビジネススキル、エンジニア力を持つ”スーパー”なデータサイエンティストを探すことは簡単ではない。そこで同社では、ビジネス力は事業部門、データサイエンス力はデジタル推進室、エンジニア力は既存のSEとそれぞれが得意な人に割り当てた。この3つが三位一体となってプロジェクトを進めていく。
ビジネス×ITでは、日本生命保険のデジタル推進室が各ビジネス部門の課題解決に向けて分析の支援を行い、高度な技術を有するニッセイ情報テクノロジーのメンバーの力を借りながら進めていく体制をとる。
とりわけグループのIT関連会社との協業は、金融機関のデータ利活用においてよく見るケースであるという。金融機関のIT関連会社の多くは、既存システムの開発・運用を長く担ってきている。つまりデータの発生する業務システムから分析システムに流れるまでのデータリネージを深く知ることが可能な人格であるということだ。正確にデータ利活用を進めていく、そのためのデータマネジメントにおいても、ニッセイ情報テクノロジーとの協業が必要なのだ。
「グループ総勢100人超でデータ利活用を推進しています」(大熊氏)
データマネジメントが重要な理由
このような伴走型データドリブン運営で、営業、ヘルスケアなどの事例を含む年20~30のプロジェクトを企画、遂行しているという。そこで見えてきた課題が2つある。
1つは「課題抽出ループにハマる」というものだ。課題の抽出とゴールの設定はデータ利活用で最も重要だと言われるが、課題抽出をするビジネス部門では人事異動により数年で担当者が変わるといったことがある。そのため、担当者の変更に伴い、これまで課題の深堀りを進めてきたものの、同じ目線になるまでに時間がかかる、場合によっては、また一から課題抽出を行ってしまうというループに陥るのだ。
もう1つは「継続的に進められる案件が少ない」ことだ。分析結果をビジネスで活用し、PPDCAサイクルを回したいところだが、活用に至っていなかったという例もあると大熊氏は言う。ビジネス部門がデータやツールにアクセスできないために、デジタル推進室で分析をしてビジネス部門に読み解きをしてもらっても、活用の段階でプロジェクトを再現することが難しかったり、ビジネス部門がアクションをとったとしてもその後に後追い分析ができなかったりといったこと課題が見えてきたそうだ。
これらの解決策として「データマネジメントが大切」だと大熊氏は述べたうえで、データマネジメントのメリットとして、誰でも当たり前に統一されたデータを見られる、誰でも同じツールを使ってデータを扱うことができる、誰でもデータに基づいた意思決定ができるといった点を挙げた。
佐藤氏は、日本データマネージメント・コンソーシアムの定義などを引用しながら、データマネジメントを支える基本概念として「データ利活用」「目的に合った品質を備えたデータ」「データ利活用基盤と取り組み」「データ利活用のための体制・ルール(データガバナンス)」の4つを示した。データマネジメントというと、4つ目のガバナンスが注目されやすいが、「ビジネスの成長と成果のためにデータを利活用する。その目的にどう取り組んでいくかが大切」(佐藤氏)だとした。
そこで、同社ではガバナンスの前にデータを扱う環境整備から入ったという。目指したのは、誰でも社内外のデータを有効活用して意思決定を日常的に行えること。そのためにデータの蓄積、データマートの整備、ツールの整備などを行ったそうだ。
勝負どころは好奇心、学習力と思いやり
データマネジメントの例として生成AIの活用事例が取り上げられた。プロジェクトとして、生成AIに社員が入力するプロンプトから社内のどのビジネスセクションがどんな課題を抱えているのかを理解し、そこから既存のシステムですべき対応を考え、うまく回答を引き出すプロンプトの特長を把握したり、うまく回答できていない内容に対応したりするという取り組みがある。
具体的な施策として最初に紹介したのが、新たなデータを機動的に取得するための「データ統制ヒアリング運営」だ。生成AIのチャットボットなど各システム開発の起案段階から、デジタル推進室が適切なデータ取得・蓄積のための統制に向けたアドバイスをするようにしている。
また、データ利活用の推進と統制に向けたガイドブックを発行した。データの利活用にはさまざまなルールがあり、ユーザーにとってどのルールをどのように守るのかが複雑になっている。ルールガイドをつくることでオペレーションをうまく回せるようにする運営に取り組んでいるという。
データの利活用を進めるための「勝負どころ」だと佐藤氏が言うのは、メンバーの好奇心と学習力だ。ところが、データマネジメントに好奇心を持つことは、自然には起きにくい。そこで大事なのが「思いやり」だと佐藤氏は話す。
思いやりとは、どういうことか。ビジネス部門、データ推進室、エンジニアなど違う立場の人たちが「データによる意思決定」という共通の目標を持って進めるが、そのためにはお互いの仕事へのある程度の理解が不可欠である。そこで、思いやりなのだ。
そのうえで、「ビジネスにおけるデータ活用を推進することと、マネジメントは表裏一体でありつつも、マネジメントの中に利活用も含まれると捉えることもできる」と佐藤氏は述べ、マネジメント側が蓄積したデータを明確化し、利活用を進めるための支援を行うことでサイクルが生まれ、「お互いの仕事への理解を深めながら進めることができる」と続けた。
5カ年計画は2023年までだったが、2024年から始まったDX戦略においても、伴走型データドリブン運営は続いている。佐藤氏は、「次々と登場する新しいテクノロジーとデータマネジメントを土台に、伴走型運営を進化させていく」と話す。
「プロジェクトの企画推進をビジネスとITが一体となって進めるだけでなく、結果をモニタリングして新たな課題を発掘するところも含めて伴走し、継続的なビジネス価値創出を図っていきます」(佐藤氏)