証券取引等監視委員会が、金融庁に出向していた裁判官(32歳)と、東京証券取引所の元社員(26歳)を、それぞれ金融商品取引法違反容疑で東京地検特捜部に刑事告発した。いずれも業務を通じて入手した未公開のTOB(株式公開買い付け)情報を悪用し、自らや親族が不正な利益を上げていたとされる。
2つのインサイダー事件の態様は少し異なる。金融庁のケースでは2024年4月に最高裁から企画市場局企業開示課に出向した裁判官がTOBに関わる書類審査などで知り得た未公開情報を基に自ら10銘柄計1万8000株を取引し、300万円超の利益を上げていたとされる。職務時間中にもスマートフォンなどを使って不正な取引を繰り返していたという。
一方、東証の元社員はTOB情報を扱う上場部開示業務室に所属する立場を悪用して24年1―3月に未公開情報をスマホで父親に伝達。父親はこれを基に計3銘柄1万5200株を取引し、600万円超の利益を得ていたとされる。不正に伝達していた情報は、KDDIによるローソンのTOBなど大型案件が中心で「株価が大きく上昇する可能性がある銘柄を選りすぐっていた疑いがある」(関係筋)というから悪質だ。監視委は金商法違反(情報伝達)容疑で元社員を告発した上、実際に利益を得ていた父親も同(インサイダー取引)容疑で告発した。
金融庁は井藤英樹・長官と油布志行・企画市場局長を戒告処分に、直接の上司だった野崎彰・企業開示課長は減給10分の1(3カ月)とするとともに研修や取引状況の報告を課すといった再発防止策も打ち出した。
強制力を持って金融界を監督する立場にある以上、不正行為は決してあってはならないのは当然で、組織全体として事件を反省し、こんな恥ずべき事態を二度と起こさない厳しい覚悟が求められる。
東証の親会社である日本取引所グループも元社員が不正に手を染めた原因を究明した上で、組織全体として職業倫理の徹底を図らなければ、「市場の番人」としての信頼回復は難しい。
石破茂政権は岸田文雄前政権から引き継いだ「資産運用立国」の実現を目指しているが、金融界に加えて当局者さえ信用できない状況では、国民の間にせっかく芽吹いてきた「貯蓄から投資へ」の流れも頓挫しかねない。