東京大学(東大)は1月17日、量子性の強い光パルスに対してさまざまな演算を何ステップでも実行できる汎用型光量子計算プラットフォームを開発したことを発表した。

同成果は、東京大学大学院工学系研究科の武田俊太郎 准教授、同大学院 工学系研究科の吉田昂永 大学院生(研究当時)、同大学院 工学研究科の奥野大地 助教(研究当時)、日本電信電話(NTT) 先端集積デバイス研究所の柏﨑貴大 准特別研究員、同 梅木毅伺 特別研究員、情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所神戸フロンティア研究センター 超伝導ICT研究室の三木茂人 室長、同 知名史博 研究員(研究当時、現 産業技術総合研究所 研究員)、同 藪野正裕 主任研究員、同 寺井弘高 上席研究員らで構成される研究グループによるもの。詳細は1月16日付の「PRX Quamtum」に掲載された

現在、さまざまな方式の量子コンピュータが開発されているが、その中でも光量子コンピュータは室温・大気中であっても動作が可能という点で注目されている。しかし、これまで実現されていた光量子コンピュータでは、量子的な光(スクイーズド光)を用いた「線形演算」(いわゆる足し算・引き算)のみに限定されており、線形演算だけでは例え規模を大きくしても古典コンピュータの計算能力を超えられないことが理論的に示されており、エクサスケールのような大規模演算処理能力を有するスーパーコンピュータ(スパコン)を超す量子コンピュータを実現するためには、線形演算に加え非線形演算(いわゆる掛け算)を可能にする構造を実現する必要があったという。

  • これまで武田准教授らが開発してきたループ方式を採用した光量子計算プラットフォームの概要
  • これまで武田准教授らが開発してきたループ方式を採用した光量子計算プラットフォームの概要
  • これまで武田准教授らが開発してきたループ方式を採用した光量子計算プラットフォームの概要
  • これまで武田准教授らが開発してきたループ方式を採用した光量子計算プラットフォームの概要
  • これまで武田准教授らが開発してきたループ方式を採用した光量子計算プラットフォームの概要。従来はスクイーズド光のみのため、線形演算しかできないという課題があったという (資料提供:東大、以下すべてのスライド同様)

この実現のためには量子の性質が強い光パルスをスクイーズド光と組み合わせたシステムを構築する必要があるが、そうした量子性の強い光パルスは一般にランダムなタイミングでしか発生させることができず、その発生タイミングと演算処理のタイミングを合わせることが難しいことから、これまで実現できてこなかった。

そこで研究グループは吉田氏を中心として開発を進め、線形演算を複数回実行できるシステムに量子性の強い光パルス光源を接続する形で、そうした課題の解決を果たしたという。

  • 新たに開発した光量子計算プラットフォーム

    新たに開発した光量子計算プラットフォームの説明を行う武田准教授(手前)と、開発の中心となった吉田氏(奥)

具体的には、従来使っていた光源波長を860nmから、光通信などで用いられる1545nmへと変更。波長が1545nmとなったことで、当該波長において世界的にもトップクラスの研究ノウハウを有するNTTが手掛ける光パラメトリック増幅器をスクイーズド光と量子性の強い光パルスを生み出す発生源として採用することが可能となったほか、NICTが手掛ける超伝導光検出器を採用することが可能となるなど、武田准教授は「まっさに壊して新システムとしてアップグレードさせた」と新開発のプラットフォームを表現するほどの進化を実現したとする。

  • 開発されたプラットフォームの概要

    今回開発されたプラットフォームの概要。スクイーズド光、量子性の強い光パルスともに光源としてNTTの光パラメトリック増幅器を採用

また、スクイーズド光と量子性の強い光パルスのタイミングを同期させるために、量子的な効果で4%だけ量子性の強い光パルスを反射するミラーと、その後段に光より遅い電気信号が量子性の強い光パルスを閉じ込めるためのループに誘導するための透過率可変ミラー、最終的な演算結果としての光を受け取るための光測定器などを制御するための時間を確保して同期させるための100mの光ファイバを配置。常に発生されるスクイーズド光がどこのタイミングかはわからないが、4%のタイミングで1個の光子が反射ミラーで反射され、それが光子検出器に到達した瞬間をトリガーとして、光子検出信号は発せられる。この際、反射が生じた元の光パルスはスクイーズド光から1光子が引き去った(抜けた)光であり、この状態がいわゆる「シュレディンガーの猫状態」と呼ばれる量子性の強い光パルスとなり、その量子性の強い光パルスだけをループ内に送り込み、周回させつつ、そこにスクイーズド光を当てることで演算処理が行われ、最後に演算後の光パルスを測定器に送ることで計算結果を測定することを可能としたという。

  • 量子性の強い光パルスの発生源に4%反射ミラーと100mの光ファイバーを配置
  • 量子性の強い光パルスの発生源に4%反射ミラーと100mの光ファイバーを配置
  • 量子性の強い光パルスの発生源に4%反射ミラーと100mの光ファイバーを配置。4%の確率で光子が1つ反射というのは、光子が2つ以上反射してしまうと、求めるのと異なる種類の光となってしまうため、反射率を低くする必要がある中で、反射率が低すぎると光子が反射しなくなるため、効率化を狙ったぎりぎりを探った結果だという。この結果、スライドの紫の波が1光子引き去ったスクイーズド光(量子性の強い光)となり、それの発生を検知してループ内に取り込むことで、2つの光の連続量を組み合わせた演算ができるようになったという

  • 光パラメトリック増幅器

    中心の金色の箱状のものがNTT製の光パラメトリック増幅器

  • プロセッサ部

    プロセッサ部。ループは左上の四角い箱状の部分で、奥にも同様のものがあり、互いにミラーで反射させる形でループさせる。撮影のためにフタを開けていただいているが、大気暴露環境下でも動作には問題がないという

  • 、NICTが手掛ける超伝導光検出器

    、NICTの超伝導光検出器。結構な音がするため、防音室を作り、そこに収納しているとのこと

実際に演算が期待通りに実行されたのかどうかを評価することを目的に、演算前の状態、1ステップ演算後の状態、2ステップ演算後の状態、3ステップ演算後の状態の光パルスに対して、光の振幅と位相の疑似確率分布を表すWigner関数を測定し、3次元プロットとして示した結果、確率の値に相当する部分が強い量子性を示すマイナスに振れていることが2ステップ演算後でも確認され、高い精度で演算が行われたことを確認したとほか、理論予測とも一致していることも確認したとする。

  • 実際に演算を行った評価結果

    実際に演算を行った評価結果。量子性の強い光はループするだけでも劣化(1回のループで2~5%ほど劣化するという)する。さらにループごとにスクイーズド光を混ぜると演算の不完全性によるノイズが生じて劣化が進み、負のピークが弱まっていくこととなるという。今回のシステムはあくまで検証用に作ったもので、最適化をすればこの劣化はある程度は抑えられるというが、エラーをゼロにはできないため、ある程度の演算回数からは定期的なエラー訂正機能を追加する手法で、演算に復帰させることを考えているという

また、今回の研究では、量子性の強い光パルスを主、スクイーズド光を補助の関係としたため、線形演算での計算となったが、これを逆にすることで非線形演算での計算が可能になるとのことで、今後はいろいろな計算を試すべく、実際に非線形の演算に挑むとするほか、量子誤り訂正の検証実験などを進めていきたいとしているほか、いろいろな意味のあるアルゴリズムを演算させることで、機械学習などへの応用・探索などにもつなげていきたいとしており、そうした取り組みを経て、スケールアップの方法なども見極め、将来的にはスパコンを超える誤り耐性型万能量子コンピュータの実現につなげていきたいとしている。

  • 今後の研究の方向性

    今後の研究の方向性