マヨネーズをはじめとする、液体と固体の中間の性質(粘弾性)を有する「ソフトジャム固体」は、その性質に対する理解は十分ではなく、特に遅い変形の「異常粘性損失」に対して粘性が急激に増大する現象について、理解が困難とされてきた。

東京大学(東大)と九州大学(九大)の両者は1月10日、ソフトジャム個体の典型例としてマヨネーズのような「高密度エマルジョン」に注目し、粘弾性の微視的理論の構築と「マイクロレオロジー実験」による粘弾性測定を行ったところ、理論と実験が定量的に一致することを見出し、ソフトジャム固体の粘弾性を理解することに成功したと共同で発表した。

  • 今回の研究の概念図

    今回の研究の概念図(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 総合文化研究科 広域科学専攻の原雄介大学院生(研究当時)、同・池田昌司准教授、九大大学院 理学研究院 物理学部門の松岡亮佑大学院生(研究当時)、同・江端宏之助教、同・水野大介教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

柔らかい球状粒子が乱雑な構造のまま固化している物質群は“ソフトジャム固体”と呼ばれ、油滴が乱雑充填されているマヨネーズや、気泡が乱雑充填されている泡沫などがその代表とされる。ソフトジャム固体は変形に対して粘弾性(変形の大きさに比例する力は弾性、変形速度に比例する力は粘性)を示すが、これまでその定量的な理解は非常に困難だったとのこと。特に遅い変形に対して粘性が急激に増大する異常粘性損失については、その起源が理解されていなかった。

その一方で、分子や原子が乱雑な配置のまま固化した物質とし“てガラス”がある。たとえばシリカガラスは、ケイ素と酸素が乱れた配置のまま動けなくなった物質だ。その構造に注目すると、ソフトジャム固体とガラスは、乱雑であるという点で似通っており、両者の物性に共通点がある可能性もあるとする。そこで研究チームは今回、ソフトジャム固体の粘弾性の理解を試みたという。

  • エマルジョンとガラスの微視的構造

    エマルジョンとガラスの微視的構造。(左)エマルジョンの数理モデルのスナップショット。球は油滴。挿図はエマルジョンの代表例であるマヨネーズ。(右)シリカガラスの数理モデルのスナップショット。黄球はケイ素原子、赤球は酸素原子。挿図はガラスコップ(出所:共同プレスリリースPDF)

ソフトジャム固体の代表例として高密度エマルジョンが注目され、実験と理論で粘弾性の分析が行われた。実験では、直径0.5μm程度の油滴からなるエマルジョンが用意され、物質中にμmサイズのコロイド粒子を挿入し、そのコロイド粒子の運動をレーザーで追跡することで物質の粘弾性を測定するマイクロレオロジー手法を用い、広帯域での粘弾性測定を実現したとする。それに対し理論的には、高密度エマルジョンの数理モデルに対し、マイクロレオロジーを記述する線形応答理論を構築し、粘弾性の計算が実現された。そして実験と理論の直接比較を行ったところ、両者が定量的に一致することが見出された。研究チームはこれにより、よく制御された実験系については、ソフトジャム固体の粘弾性を精密に予言できるようになったとしている。

  • 高密度エマルジョンの粘弾性

    高密度エマルジョンの粘弾性。縦軸が弾性率で横軸が周波数。弾性を記述する貯蔵弾性率G'と、粘性を記述する損失弾性率G''の双方で、実験と理論のいい一致が示されている。また実験・理論共に、幅広い周波数領域で、異常粘性損失G''~√ωが示されている(出所:共同プレスリリースPDF)

またこの理論から、ソフトジャム固体の異常粘性損失が、ガラスが普遍的に持つ低周波振動である「ボゾンピーク振動」と直接的に関係することが判明。ガラス中の原子・分子の振動運動は、その構造の乱れに起因して、きれいな平面波だけでなく、空間的に乱れた振動を示すことが知られており、このような振動がボゾンピーク振動とされ、長年にわたりガラスの物理学の主要なテーマの1つとして研究されてきた。今回の理論によると、ソフトジャム固体の構成粒子もこのボゾンピークと酷似した低エネルギーの運動状態を示し、この運動状態が大きな粘性を生み出すことが明らかにされた。つまりボゾンピークの理論により、異常粘性損失を説明できることが突き止められたのである。

  • ソフトジャム固体における粒子の運動の様子

    ソフトジャム固体における粒子の運動の様子。エマルジョンの数理モデルにおいて、異常粘性損失に寄与する粒子の運動の様子が可視化されたもの。球は粒子、矢印は粒子の変位が表されている。ガラスのボゾンピーク振動と同様に、低エネルギーでありながら、空間的に乱れた変位場が現れる(出所:共同プレスリリースPDF)

おおよそ、身の回りにあるものは複雑であり、理論的な理解が困難なものが多い。それに対して今回の結果は、エマルジョンのような身近で複雑な物質に対しても、理論と実験が精密に一致するレベルまで、理解が進んでいることが示されたとする。自然界には、マイクロゲルから生体の細胞質や細胞集団まで、多様なソフトジャム固体が存在するが、今回の研究のアプローチを用いることで、ソフトジャム固体の粘弾性の理解が大きく進むことが期待されるとした。

物理学では、ソフトジャム固体やガラスなどの構造的に乱れた固体は、ひとまとめに、アモルファス固体として扱われる(砂山のような粉粒体もその一種)。感覚的に固いガラスとサラサラとしている砂山はまったく異なるもののように見えるが、構造的に乱れているという点に注目すれば、両者は似通っているという。これらのアモルファス固体の物性を統一的に理解することは、物理学の大きな目標の1つであり、今回の研究成果はその方向におけるマイルストーンとし、多様なアモルファス固体の物性の統一的理解を大きく推進する成果といえるとしている。