北海道大学(北大)は1月6日、ガラスの磨き粉として市販されるなど比較的豊富に存在する安価な資源「酸化セリウム」を活性層とすることで、コバルトやニッケルといったレアメタルを使用した従来のものと比較して、熱伝導率切替幅が2倍以上という高い性能を持つ「熱スイッチ」(熱流の流れやすさを電気的に切替える熱トランジスタ)を実現したと発表した。

  • 今回の研究の熱スイッチの動作イメージ

    今回の研究の熱スイッチの動作イメージ(出所:北大プレスリリースPDF)

同成果は、北大 電子科学研究所のジョン・アロン博士研究員、同・太田裕道教授、 北大大学院 情報科学院の吉村充生大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

近年になって熱制御技術の1つとして注目されているのが、電気的に熱流の流れやすさを切り替える熱スイッチだ。電子や光と同様に熱を制御できるようになれば、家庭、自動車、工場などさまざまな場所において“使われずに捨てられている排熱”を有効活用できるようになり、環境問題的の観点から有用だとされる。さらに、熱のコントラストで情報を表示する「熱ディスプレイ」のような、これまでになかった技術に応用することも検討されている。

そうした中、2023年2月に世界初の全固体熱スイッチを開発し、2024年7月にはそのさらに性能を向上させたものを発表してきたのが研究チームだ。しかしその活性層には、枯渇が懸念されているコバルトやニッケルなどの高価なレアメタルを主成分とした材料を用いる必要があることが課題となっていたとする。そこで今回の研究では、ガラスの磨き粉として市販されている酸化セリウムを活性層の材料として用いて、全固体熱スイッチを作製したという。

  • 作製された酸化セリウム熱スイッチ

    作製された酸化セリウム熱スイッチ。(A)電気化学酸化/還元の様子。(B)電子顕微鏡像。酸化物イオン(O2-)伝導性固体電解質であるYSZ基板上に、膜厚約100nmの酸化セリウム薄膜が成膜されており、それを上下からプラチナ(Pt)電極膜で挟みこんだ構造。空気中、280℃で電流を流して酸化セリウムを酸化/還元する(出所:北大プレスリリースPDF)

酸化セリウムは、比較的豊富で安価な材料だ。その結晶構造は単純な蛍石型構造であり、同じ蛍石型構造の固体電解質基板である「イットリア安定化ジルコニア」(YSZ)上にエピタキシャル成長するという特徴を持つ。また酸化・還元も可能で、酸化状態では室温で14ワット/メーター・ケルビン(W/mK)という比較的高い熱伝導率を示すことも知られていた(数値が高いほど熱伝導率に優れる)。そのような理由から今回の研究において、全固体熱スイッチの活性層として酸化セリウムが選ばれたとする。

研究チームは今回作製した熱スイッチを、空気中、280℃に加熱した状態で通電し、電気化学的にオン状態(酸化状態)とオフ状態(還元状態)に切り替えた上で熱伝導率の変化を計測。酸化セリウム薄膜を一度還元し(オフ状態)、次に酸化すると(オン状態)、熱伝導率は最も還元された状態で約2.2W/mKとなり、酸化と共に熱伝導率は12.5W/mK(オン状態)まで増加したことが確認されたとした。

続いて、この還元(オフ状態)/酸化(オン状態)のサイクルを100回繰り返した上で熱伝導率が調べられた。すると、平均値は還元後(オフ状態)で2.2W/mK、酸化後(オン状態)で12.5W/mKであり、変化が確認されなかったという。酸化セリウム熱スイッチの動作は非常に安定しており、オン/オフ熱伝導率比は5.8だった。また、熱伝導率切替幅は10.3W/mKであり、従来のストロンチウム・コバルト酸化物「SrCoOx」や、ランタン・ニッケル酸化物「LaNiOx」を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切替幅(SrCoOx:2.85W/mK、LaNiOx:4.3W/mK)を2倍以上も上回る値であることが確認された。豊富で安価な資源である酸化セリウムを活性層とした、超高性能熱スイッチが実現されたといえるだろう。

  • 作製された酸化セリウム熱スイッチのサイクル特性

    作製された酸化セリウム熱スイッチのサイクル特性。(A)熱伝導率(オン、オフ)。(B)熱伝導率切替幅、オン/オフ熱伝導率比。熱伝導率の平均値は還元後(オフ)で2.2W/mK、酸化後(オン)で12.5W/mK、オン/オフ熱伝導率比は5.8だった。また、熱伝導率切替幅は10.3W/mKであり、従来のSrCoOx(2.85W/mK)やLaNiOx(4.3W/mK)を活性層とする熱スイッチの熱伝導率切替幅を2倍以上も上回ることが確認された(出所:北大プレスリリースPDF)

  • 金属酸化物を活性層とする熱スイッチの熱伝導率変化

    金属酸化物を活性層とする熱スイッチの熱伝導率変化。酸化セリウム熱スイッチの熱伝導率切替幅は、海外も含めてこれまでに発表された熱スイッチと比較しても高い性能であることが確認できる(出所:北大プレスリリースPDF)

今回の研究成果は、将来の熱制御デバイスの実用化に向けた開発を加速するものであり、すでに特許を出願済みとのこと。研究チームは今後、微細構造を制御するなどにより、さらに性能向上を目指すと同時に、熱の伝わり方を赤外線カメラで可視化することが可能な熱ディスプレイを試作し、デモンストレーションすることで技術を普及させたいとしている。