クラウドが世に登場して20年近く経とうとしているが、いまだ主要なテクノロジーであり続けており、毎年のように新たなトピックが出てきている。日本ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の基盤として、クラウドが重視されており、企業でも導入が進んでいる。

2024年はAIと共に語られることが多かったクラウドだが、2025年はどのような進化を遂げるのだろうか。ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリストの亦賀忠明氏に話を聞いた。

  • ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト 亦賀忠明氏

2025年、クラウドにまつわる5つの予測

亦賀氏はクラウドについて「従来のシステムの受け皿から産業革命的なAIの基盤に変貌しようとしている」と述べた。

同氏は、クラウドに関わる2025年の予測として、次の5点を挙げた。

  • ハイパースケーラーは「ハイパーAIスパコン」となり、デジタル戦争へ
  • 「自称クラウド」とのギャップは拡大し、ついに終焉へ
  • ユーザーは「クラウドを適切に利用しないリスク」を回避する方向へ
  • メインフレームやVMware環境の移行が進む
  • 新たなビジネスアーキテクチャを描き実装できるスキル、マインドセット、スタイルチェンジはさらに重要に

以下、これらの予測をピックアップして、詳細に見ていこう。

AIスパコンはゲームチェンジャーとなる武器

Amazon Web Services(AWS)、Google、Microsoftといったハイパースケーラーは最近、AIの需要に対応し、また、新たなAIのブレークスルーを生み出すために、ハイパーAIスパコンの開発に力を注いでいる。その投資額は各社10兆円を超えている。

こうしたインフラやデータセンターの拡大とともに、各社は原子力発電所との結びつきを強めつつある。例えば、Googleは昨年10月、次世代原子炉「小型モジュール炉(SMR)」を開発する米カイロス・パワーとSMRでつくった電力を調達する契約を締結したと発表した。また、マイクロソフトは米コンステレーション・エナジーが再稼働するスリーマイル島原発が発電した電力をデータセンターで受け入れることを明らかにしている。

亦賀氏は「ハイパースケーラーがAIスパコンの開発を開始し、デジタル戦争に突入した。このことは一般ユーザーにも関係ある」と話す。これはどういう意味なのか。

米国では何兆もかけてAIスパコンを開発している一方、日本ではクラウドを導入するかどうかを検討している状況だ。亦賀氏は「あまりにもレベルが違いすぎる。このことを日本の企業の経営層はよく考えるべき」と指摘した。

亦賀氏によると、デジタル戦争において、AIスパコンはゲームチェンジャーとなる武器だという。つまり、デジタル戦争で勝つためには強力な武器となるテクノロジーが必要であり、だからこそ、ハイパースケーラーは総力を上げてAIスパコンの開発に乗り出しているというわけだ。

「日本企業もこうした大局観をもって世界の潮流を理解し、スーパーパワー(想像を絶するテクノロジー)によってビジネスのやり方を根本から見直す、かつてない大胆な戦略を打つ必要がある」と亦賀氏は警鐘を鳴らす。

クラウドを適切に利用できていない日本企業

上記の5つの予測において、気になるフレーズの一つが「クラウドを適切に利用しないリスク」ではないだろうか。「日本はオンプレミスの時代から、ITベンダーがユーザー企業を支えるという構造だが、クラウドになってもその構図は変わらない。そのため、ユーザー企業はクラウドのメリットを享受できていない」と亦賀氏は指摘する。

「クラウドを利用すれば、短期間でシステムが立ち上がり、コストも10分の1に削減できる可能性がある。しかし、ベンダーにお任せの企業はこうしたメリットをまったく得られていない」(亦賀氏)

その背景には、ユーザー企業側のスキル不足があるという。「クラウド導入において、IT部門は頑張り切れずに、結局、ITベンダーに頼ってしまう」と亦賀氏。ただ、そこには、企業としてIT部門の価値を認め、エンジニアがモチベーションを高められるような仕組みが欠けているという事情も関係している。

「現場ががんばるだけではダメ。企業として、現場が学び、すべてをよりよくするというモチベーションを高められるようなインセンティブが働く環境をつくる必要がある。経営層やマネジメント層は覚悟を決め、自ら新たな学びを開始しなければいけない」と、亦賀氏は話す。

一方、最近の取材において、ITベンダーがハイパースケーラーのクラウドに自社のサービスを付加して提供することが増えていると感じる。ベンダーサイドは「ユーザーである企業の利便性を考えて」というが、亦賀氏は「一昔前のトラディショナルなSIビジネスが復活しつつある」と警戒する。

クラウドの登場によって、企業はオンプレミスやベンダーロックインといったさまざまな縛りから自由になったはずが、元の状況に戻りそうな雰囲気があるという。だからこそ、「企業はテクノロジーに関する力をつけなければいけない。クラウドを適切に利用しないことのリスクはすさまじい」と、亦賀氏は力説する。

ITベンダーと戦わなければならない自動車産業の苦境とは

取材中、亦賀氏が繰り返していたのは「企業は、今、産業革命が起ころうとしていることを認識して、手を打つ必要がある」ということだ。

多くの日本企業は「クラウドは使えるのか」といったことを20年も議論してきた。クラウドを使うのはもはや当たり前、世界のトップ企業に追いつくために何をすべきかを真剣に考えないと、「国難につながるかもしれない」と亦賀氏はいう。

例えば、日本を代表する自動車産業で考えてみたい。日産自動車は昨年、9月までの中間決算で営業利益、最終的な利益ともに90%を超える大幅な減益となり、世界で生産能力の20%削減や、9000人の人員削減を進めていることを明らかにした。

トヨタ自動車も2026年に市場投入を計画していた次世代のEVについて、生産開始が2027年半ばに延期されると報じられ、日本の自動車産業にとって先行きが暗いニュースが続いている。

一方、米テスラは自動運転用のAIチップであるDojoを自社で開発している。また、同社は10万ものNVIDIA GPUを搭載したAIスパコンも構築している。こうした能力と実行力は、AWSやGoogleといったハイパースケーラーと類似のものであり、それだけテスラの技術力は高く、彼らは自動車会社というよりもむしろITベンダーであることを意味する。

亦賀氏は、「今や、自動車会社はグローバルのITベンダーとのメガコンペティションとなっている。にもかかわらず、日本の自動車会社にはその事態の深刻さへの認識が不足しているように見える。自動車産業が終わったら、日本が終わってしまう。少なくとも自動車関連会社で『クラウドは使えるのか』といった議論を継続している時間的余裕はないし、テクノロジーベンダーを下請けとして見ている場合でもない」と、厳しく指摘する。

経営層が先頭に立ち、テクノロジーとそのインパクトを本気で学ぶ

では、窮地に立たされている日本企業がV字回復を果たすには、何をしたらいいのだろうか。

亦賀氏は「現場だけでなく、その上司、経営層もテクノロジーとそのインパクトについて徹底的に学ぶ必要がある」と話す。産業革命には、エンジニアとテクノロジーが不可欠であり、全社を挙げて「自社のトランスフォーメーションは自分でやる」という覚悟を持たなければいけないという。ただし、「軽く勉強してみようという気持ちでは無理」と、亦賀氏は厳しい。

「クラウドを使いこなすには、ユーザー企業にも本物のプロフェッショナルが必要であり、そのためには中長期的な人材投資が欠かせない。そもそも、なぜこうした施策を打つ必要があるのかについて、全社的な腹落ち感が必要。しかし、ほとんどの企業はいまだこのようなことを理解している状況ではない」(亦賀氏)。

ただし、2025年はこうした状況を一気に転換する重要な年になるという。「このきっかけとなるのは経営者。しかし、経営者がすぐに動かないかもしれない。よって、現場は現場でクラウドを駆使するための能力の向上を自ら開始する必要がある」と亦賀氏は指摘する。

「さらに、クラウドやAIのプロフェッショナルを作るには5年から10年はかかるため、現在多くの企業が採用しているローテーションの仕組みを速やかに見直す必要がある。そうしないとずっと素人議論が続き、とても時代が求める新しいプロフェッショナルへの要請に対応できない」(亦賀氏)

テクノロジーのイノベーションをリードし、それをもとに10兆円を超える物量で圧倒的に競争力を高めている米国のハイパースケーラー。日本企業は彼らの技術力と自社とのギャップを直視し、飛躍的にクラウド利用の能力を高めないと、国際競争に参加することもままならなくなる。

2025年は、クラウドのトレンドウォッチにとどまることなく、すべての企業においてクラウドの実行能力が試される年となる。