日本酒という文化を、新たな形で世に広める挑戦がここにある。旅行ガイドブック『地球の歩き方』国内版シリーズの発売と連動した「地球の歩き方オリジナル日本酒」は、各地域の酒蔵が手掛ける日本酒を販売し、飲む人々に現地の魅力を感じてもらうプロジェクト。
7月に発売された第一弾の「広島」に続き、第二弾では「群馬」「茨城」「栃木」と、3県の日本酒が一斉に登場した。ラベル正面のデザインには地球の歩き方の表紙がそのまま再現され、側面には地域の情報や地図が、裏面にはお酒の詳細や合う料理などが記載され、日本酒を求めてその地域を旅したくなるような仕掛けが盛り込まれている。
この企画を展開するのは、神戸市に本社を構える日本テクノロジーソリューションだ。主力事業であるパッケージ事業では、自社ブランド製品「熱旋風式シュリンク装置TORNADO(以下、TORNADO)」を中心に、さまざまな業界の包装分野で課題解決に取り組んできた。
このほかにも、メディア事業やアライアンス事業など、「魅せる力」を生かした多角的な事業展開を行い、組織としてさらなる進化を続けている。地球の歩き方オリジナル日本酒は、同社が2022年に発足させた和魂プロジェクト「酒輪(しゅりん)」(以下、酒輪)の一環で生まれた。このプロジェクトでは、日本酒を通じて風土、造り手、飲み手をつなぐことを目指している。
「優れた技術を優れたビジネスに」という理念のもと、多様な事業を手掛け、常に新たな価値を創造する挑戦者である同社が、今回のプロジェクトを通じて目指す未来とは--。同社 代表取締役社長 岡田 耕治さんに話を伺った。
『地球の歩き方』との出会いを機に始まったコラボ
両者のコラボレーションを始めたきっかけは、2023年3月に遡る。社長が声をかけあうサイト「どうだい?」が主催するカンファレンスで、地球の歩き方・前編集長の宮田崇さんが講演を行った。その話に感銘を受けた岡田さんは、交流会で宮田さんと名刺交換後、即座にアポイントを取り、自社事業(酒輪)とのコラボを提案した。
コラボ案は即決され、同年7月には『地球の歩き方 広島』最新刊とのコラボラベル日本酒「地球の歩き方オリジナル日本酒(広島・賀茂泉酒造)」が販売開始となるスピード感を見 「宮田さんの話を聞いているうちに、コロナ禍で地球の歩き方が海外旅行の減少により売上9割減という厳しい状況に直面していることを知りました。その話を聞いたときに、日本酒業界も昭和48年をピークに需要が減り続けている状況と重なる部分を感じたんです。そこで、これを何か形にできるのではないかと考えたのが始まりでした」(岡田さん、以下同)
コロナ下以降、地球の歩き方は「マイクロツーリズム」に着目し、新たに国内向けガイドブックシリーズを展開するようになっていた。日本国内へ目を向け、旅以外の日常をより豊かにする支援をしたい地球の歩き方。
日本の「農業/観光/ものづくり」の活性化を志し、パッケージ事業やメディア事業を通じて日本酒業界とつながりを築いていた日本テクノロジーソリューション。両者の想いが重なり合い、「酒蔵ツーリズム」を推進する日本酒コラボレーションが実現したのである。
「酒蔵の選定についても、地球の歩き方に大変お世話になりました。日本全国を網羅した日本酒蔵ガイドブック『日本全国 日本酒でめぐる酒蔵&ちょこっと御朱印 東日本編』『西日本編』(地球の歩き方/2022年)を参考にして候補をリストアップし、特徴的な酒蔵を中心に優先順位を決めました」
例えば、コラボ第二弾で登場した3つの酒蔵にも、それぞれ際立った特徴がある。
群馬の永井酒造は谷川岳の自然を映した清らかな味わいで、コース料理との革新的なペアリングを提案し、注目を集めている。茨城の吉久保酒造はロサンゼルス・ドジャーススタジアムのVIPシートで採用される、米の旨味が引き立つ辛口の日本酒を提供。
栃木の天鷹酒造は日・米・欧で厳しい有機認証を取得した、日本でわずか3蔵のみが手がける希少な有機日本酒を提供している。
縮小する日本酒業界に新たな販売モデルを
日本酒業界は、スター的な酒蔵が国内外で注目を集める一方で、業界全体として消費量や酒蔵数の減少が続き、縮小傾向にある。
国税庁の「清酒製造業の概況(平成30年度調査分)」によれば、平成15年度(1,836場)から平成29年度(1,371場)の14年間で約450場の減少が見られ、これは全体の約25%に相当する。この減少は、消費量の低下や業界の構造的な課題が影響していると考えられる。
過去に岡田さんはある蔵元から、業界の課題として「ガラスの天井がある」と聞いたことがあった。地元で高品質な日本酒を製造しながらも、販促活動に十分なリソースを割けないあまり、全国規模での販路拡大に苦戦している酒造は少なくない。このような背景を踏まえ、日本テクノロジーソリューションは「酒輪」プロジェクトを開始した。
同社が本社を構える兵庫県は、灘地域一帯に5つの酒造地があり、「灘五郷」とも呼ばれる、日本酒の国内生産量の約25%を占める酒どころである。この地域で事業を行う立場として、全国の酒蔵を支援し、新しい販売モデルを模索してきた。日本酒を軸に異業種をつなげ、より良い製品を世界に発信していくことを目標としている。
地球の歩き方オリジナル日本酒では、酒蔵から既存商品をまとめて買い取り、日本テクノロジーソリューションがオリジナルラベルを貼って、自社ECサイト「酒輪(サケノワ)」などで販売する形式を採用した。
酒蔵や地球の歩き方にとってメリットがある形を構築し、自社で在庫リスクを負うスタイルに見える。しかし、このプロジェクトやコラボラベル日本酒は一プロジェクト、一商品であるだけでなく、同社自体のプロモーション的な役割も果たす斬新な方法であり、同社の包装技術と日本酒との融合を実現する。
同様に、異質な要素を組み合わせる発想は、日本テクノロジーソリューションの中で過去にも行われてきた。社内に蓄積された技術資産を活用し、独自性のある製品を生み出してきたのだ。TORNADOも、熱と制御技術という社内資産を組み合わせて開発され、成長につながった成功例である。
異業種連携でイノベーションを起こす
日本酒と自社のシュリンク包装技術。コラボラベル日本酒に限らず、同社は異業種同士の掛け算として、さまざまな酒造やメーカーとのコラボを精力的に行ってきた。
例えば、今秋には前出の永井酒造とダイナースクラブカードを発行する三井住友トラストクラブのコラボ日本酒「水芭蕉 D’s Vintage」の外装(パッケージ)を担当した。高級シャンパンのように全面シュリンク包装が採用され、販売本数は限定200本という希少な商品となっている。
同商品は、川場村の特産米「雪ほたか」を100%使用したヴィンテージ酒の特別なブレンドで、ラベルには水墨画家・蓮水さんの作品が採用されている。竜巻のように4方向から熱風を当てるトルネード方式で、美しくシュリンクできる自社のTORNADOを用いたシュリンク包装技術を生かし、「水」をテーマにした高級感あふれる仕上がりを実現した。
永井酒造の代表・永井さんは、同社とのコラボの背景について「伝統と革新を経営理念とする当社として、ボトルデザインに関しても業界として新しい試みに挑戦したかった」とコメントし、技術とビジネスの掛け合わせでイノベーションを起こすことを目指す日本テクノロジーソリューションを評価する。
また、酔鯨酒造とは2021年よりコラボし、ハイエンドコレクションのパッケージを手掛けるのも4年目となる。
今年発売された「純米大吟醸 DAITO2024」は、石川県輪島市の漆芸家・桐本滉平氏とのコラボによるもので、「REBORN(再生・生まれ変わり)」をテーマに、日本独自の美意識である金継ぎの「単なる修復ではなく、新しい美を生み出す」世界観を、高級感のあるラベルで表現した。
ゼロイチでなくてもいい。組み合わせで新たな価値創造を
日本テクノロジーソリューションは、顧客の課題発見・解決にとどまらず、社会課題の発見と解決を目指し、挑戦する企業や人々と連携して事業を進めている。今後は多様な業界や特定のファン層を持つ企業とのコラボレーションにも挑戦したいという。
先の地球の歩き方とのコラボは、日本酒にとどまらず、ワインやビールといった別カテゴリーへの展開も視野に入れている。“横展開”は手軽で実現しやすく、成功の見込みも高い一方で、独自のアイデアや新しい切り口でのコラボも重要だと考えている。
例えば、日本酒と海外向けパッケージデザインを組み合わせることで、日本ブランドとしての魅力を高め、輸出を促進する取り組みが挙げられる。「獺祭」の成功例に続き、デザインやストーリー性を生かした商品を海外市場に広げることで、日本産のワインやビールにも応用可能なモデルを構築することもできるだろう。
さらに、業界内で広く知られるブランドや個人との提携を通じて、業界特有の価値観や独自性を生かした商品開発もできるとと考えている。また、芸能人やタレント、アニメキャラクターなどのエンターテインメント業界と連携し、ファングッズやオリジナル商品を展開するなど、従来の枠を超えた取り組みも視野に入れている。
実際、こうしたコラボは進行中であり、夜のお店で働くキャストのオリジナルシャンパンパッケージをはじめ、製作コストや規模に応じて柔軟な対応を行っている。
こうした活動を通じて、時代の変化に対応しつつ、新しいマーケットを開拓し、多様な顧客層のニーズに応える取り組みを進めている。同社は、既存の境界線を越え、多分野を掛け合わせた新たな価値創出に向けた動きを進めている。
「ゼロイチのイノベーションではなく、既存のものを組み合わせて新しい価値を創造することが重要です。これからの商品開発では、単に高機能を追求するだけでなく、業界に新しい要素を加え、特別感や意味的価値を付与することが、より重要になっていくと考えています。機能の良さだけで太刀打ちしようとすると、競争が激化し、低価格化のリスクも伴うもの。顧客が価値を感じる特別感を提供することが、価格競争を回避し、顧客満足度を高めると確信しています」
12月5日、日本の伝統的な酒造りである日本酒、焼酎、泡盛がユネスコの無形文化遺産に登録された。文化庁は、ユネスコの評価機関が登録を適切とする勧告を発表したことを明らかにしている。
この流れは、同社と日本酒業界の取り組みをさらに後押しするきっかけとなるだろう。同時に、同社の新たな挑戦が、日本酒にとどまらず、日本を象徴するさまざまなヒト・モノ・コトとのコラボレーションを通じて、世界へと広がる可能性を秘めている。