静岡大学は10月11日、粒子、弦、膜などのさまざまな物体の間に働く重力の性質を多様な空間次元で比較したところ、「十次元空間における膜」だけが「スケール不変性」と「非自己双対型電磁双対性」と呼ばれる2つの性質を同時に満たせることを解明し、十次元空間における膜は「量子重力理論」において特別な存在であることがわかったと発表した。
同成果は、静岡大 理学部の森田健准教授によるもの。詳細は、日本物理学会が刊行する理論物理と実験物理を扱う欧文学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。
我々の宇宙は、重力(マクロの世界)を扱う「一般相対性理論」と素粒子(ミクロの世界)を扱う「量子力学」を統合した量子重力理論によって記述できると予想されているが、両理論は折り合いが悪いため、現状では量子重力理論の完成には至っていない。
これまでの量子重力理論の構築を目指す多くの試みによって、基本構成要素(最小単位)を点状の粒子とした場合は、理論の実現が困難なことが明らかにされている。そして基本構成要素を1次元の長さを持った弦とする「弦理論」が考案され、九次元空間または25次元空間でのみ、矛盾のない量子重力を実現できることが突き止められた(九次元の弦理論は「超弦理論」、25次元の弦理論は「ボソン型弦理論」と呼ばれる)。特に超弦理論を用いた場合は、重力だけでなく、電子やクオークなどの素粒子も自然に説明できると考えられている。ちなみに我々の宇宙が九次元空間だとした場合、人類が感知できない残りの六次元空間はどこにあるのかというと、その広がりがある程度(現在の技術では感知できないほど)小さければ、矛盾がないこともわかっている。
ただし、弦以外の形状のものを基本構成要素とする量子重力理論も存在するかもしれないとされており、そうしたこともあり現時点では、超弦理論以外の量子重力理論によって、我々の宇宙が記述される可能性も否定できないとされている。そのような研究背景から森田准教授は今回、粒子や弦だけでなく、膜などのさまざまな物体の性質を、多様な空間で研究することにしたという。
系全体の形を保ったまま、大きさを変えても物理的な性質が変わらないことを「スケール不変性」と呼ぶが、こうした性質は、「くり込み固定点」と呼ばれる物理的に重要な状況などで生じることがわかっている。今回の研究では2つの物体を遠方に離し、両物体間に働く重力がスケール不変性を満たすのかどうかの調査を実施。その結果、“十次元空間における膜”を含めた、特定の次元の特定の物体のみがスケール不変性を満たすことが突き止められたとする。
電子のような荷電粒子と、N極またはS極だけの磁荷を持つ粒子である「モノポール」(磁気単極子)が共に存在する理論では、「電磁双対性」という性質を持つことが明らかにされており、このような性質は、理論的整合性から矛盾のない量子重力理論では不可欠だと考えられている。
ちなみに、現時点でモノポールは発見されていないが、宇宙誕生直後に大量に生成されたと考えられており、その後、宇宙の膨張と共に拡散してしまったため、現在も広大無辺の宇宙のどこかにはあるはずだが、極めて発見することが難しくなっているという。
また、電磁双対性には、「自己双対型」と「非自己双対型」の2種類があり、電子とモノポールの関係は非自己双対型となる。今回の研究では、スケール不変性を満たす物体のうち、どの物体が「非自己双対型電磁双対性」を満たすのかが調べられており、その結果、そのような物体は“十次元空間における膜”に限られることが突き止められ、これはこのような膜の理論が、量子論的に非常に特別であることを意味すると研究チームでは指摘している。
実は、以前から十次元の膜は超弦理論において、重要な役割を果たすことが知られていたという。それは「十次元の膜の理論が、超弦理論の起源になっている」という「M理論」と呼ばれる予想によるものであり、実際、十次元空間のうち、1つの空間が小さく丸まっていると、その空間に巻き付いた膜は、九次元空間における弦と見なすことができるという。
今回の研究により、十次元の膜だけが“スケール不変性”と“非自己双対型電磁双対性”という量子論で重要な性質を満たすことが解明されたこととなるが、これはM理論を含めた超弦理論が、量子重力理論において特別な理論であることを改めて強調するものだと研究チームでは説明しており、これにより、M理論や超弦理論の重要性がさらに増したと考えることができるとする。また、“スケール不変性”と“電磁双対性”という性質は、量子重力を理解する上で重要な鍵となっている可能性もあるともしており、今後は今回のような研究をさらに進展させることで、宇宙の起源のような、我々の宇宙のより深遠な側面の解明につながるかもしれないとしている。