三菱総合研究所・小宮山宏理事長「必要なことは強い国をつくること。“コモン”に市民が出資する社会を!」

「市民が自分たちに必要な産業や企業に自ら出資すること、これこそが目指すべき社会です」と語る小宮山氏。米国大統領選挙が控える中、米中対立は激しさを増し、世界各国で分断・分裂の様相を呈する。一方で、日本国内は人口減、少子化・高齢化の波にさらされ、日本再生の方策が求められている。そこで同氏は日本の目指すべき姿を「資源自給国家」と「人財成長国家」と表現、その実現を目指すことを「新しい資本主義」とする。日本の強みを生かした国づくりをどう進めていくべきか─。

必要なのは「前向きの愛国心」

 ─ 世界が分断・分裂の時代となり、日本は人口減、少子化・高齢化に直面しています。特に11月の米国大統領選挙では「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏の返り咲きの可能性もあります。小宮山先生は、かねてよりサステナブルで希望のある未来社会を築くため、エコで資源の心配がなく、老若男女が誰でも活躍し、心もモノも豊かで雇用のある「プラチナ社会」の実現を強調しています。

 小宮山 結局、日本を強い国にする以外、他に方法がないと思います。それがプラチナ社会を実現することだと私は思うのです。そのために必要なのは「前向きの愛国心」ではないでしょうか。2050年あたりを視野に入れると、愛国が大変重要になるのではないかと思います。

 なぜかというと、今までの世の中の流れはゆっくり、ゆっくりと進んでいました。資本主義がゆっくりと進んでいたときは、地球もまだ人間に比べて無限だったわけです。ですから、そのときの資本主義は非常にうまく機能していたのです。しかし、今はそうではありません。

 ─ 資源などの面でも地球に限界が来ている気がします。

 小宮山 その通りです。ですから、まさに地球は転換期を迎えているのです。だからこそ、我々も変わらなければなりません。そういったときに大事なのは前向きであることと国を愛する心ではないでしょうか。

 ─ 戦後79年、我々のこの思いは弱くなってきています。

 小宮山 ええ。例えば新NISA(少額投資非課税制度)が始まりました。貯蓄から投資へという流れを後押しする制度です。これはこれで正しいのですが、このNISAも半分ぐらいは海外株の購入に充てられています。残りの半分ぐらいは日本株を買っているのですが、その中身を調べてみると、ほとんどは海外投資の会社になります。

 結局、NISAの90%くらいは海外投資になっていると言われています。世界が転換期を迎えている中、日本を強くしなければならないときに、国内に投資をしなかったら決して良くはなりません。海外を強くして日本が空洞化してしまうだけです。

 ─ 富を国内に振り向けるべきだということですね。

 小宮山 はい。そもそも歴史を遡れば、資本主義と共産主義の対立が続き、1991年に旧ソ連が崩壊しました。その結果、「資本主義、万歳」という流れになったわけですが、一方でこのまま何もしなければ地球がもたないという状況が分かってきたのです。環境の悪化ですね。

 必然的に地球が有限であるから、低成長と格差による社会の分断が出てきて「新しい資本主義」が求められるようになりました。では、その新しい資本主義とは何なのか。極めて単純に言うと、独思想家のマルクスが分析したときには、資本家と労働者の富の比率は99.99対0.01といった割合でした。もともと土地持ちの人だった資本家に圧倒的に富が集まっていたわけです。

 したがって、裕福な資本家と皆でまとまらないと戦えない労働者という層に分けられた。ところが今の日本には約2200兆円という個人金融資産を国民が持っています。株も買っている。株主とは資本家です。しかも、2200兆円という莫大な個人金融資産を持っていると。

市民が地域の産業に出資

 ─ 実は日本国民が大きな影響力を持っているのですね。

 小宮山 そうです。ですから、経済思想家の斎藤幸平さんなどが「『コモン』が失われつつある」と指摘していますが、まさにこのコモンに市民が出資する社会をつくればいいのです。コモンとは「水道や交通などのインフラや教育・医療といった、本来商品化されるべきでない公共財」を指しています。

 このコモンがないから先ほど申し上げたような新NISAでも90%が海外投資になってしまうわけです。そして、2200兆円を国民全体が、つまりは市民が持っているという日本であるならば、市民が出資する社会をつくれるはずです。

 ─ では、具体的に日本のどのような領域に個人金融資産を振り向けるべきだと。

 小宮山 食やエネルギー、森林、循環インフラ、健康、教育、観光など、まさにコモンです。

 ─ そういった企業づくりをしていくべきだと。

 小宮山 そうです。小さな流れとしては、地域エネルギー会社が各地で設立されてきていますね。そういった流れは好ましいことなのです。ただ、そこに市民が出資しないといけません。市民が出資することで会社の規模を100倍ぐらいに大きくしなければなりません。もしかしたら1000倍かもしれない。

 それができると、食料や再生可能エネルギー、バイオマス、都市鉱山、水といった自然資源を自給できる「資源自給国家」になることができます。さらに、いま申し上げた自然資源は全て分散型になります。例えば、地域の食料生産に関して新しい効率的なシステムを開発・運営する会社に市民が出資することができれば、市民も実感を持って行動できるようになります。

人づくりに求められるもの

 ─ そういう気持ちは地方にありますよね。

 小宮山 あります。そしてもう1つは〝人財〟が成長する「人財成長国家」をつくらないと仕方がない。そこで私が大事だと思うのが「アクティブラーニング」です。教員の一方的な講義形式の授業ではなく、生徒が能動的に考え学習する教育法です。

 要するに、現場で学んでいくという教育です。高度成長期のときには、様々な新しい試みがソニー(当時、現ソニーグループ)やホンダなどでも行われていました。私が関係した化学会社でもどんどん新しいプラントができていきました。そうすると、自然と人財は育つのです。

 ─ 現場で学び、自然と育っていくということですね。

 小宮山 はい。それは小学校などでも行っているアクティブラーニングと同じです。ですから、子どもから大人までがアクティブラーニングができる社会ですね。そうなれば、今は10歳ほどの差がある健康寿命と生命寿命の差も縮まります。

 これが最終的な目標になるわけです。健康寿命=生命寿命というところまで健康寿命を延ばしていくことが人財成長国家として一番大事なことですからね。こういう考えに賛成する人は結構います。だからこそ、私が主宰する「プラチナ構想ネットワーク」も動いているのです。

 ただ、いま申し上げたのは社会レベルのイノベーションです。ただ、社会レベルのイノベーションは規模が大きすぎて、うまくいかないのが現状です。

 ─ そこをどのようにやっていけば良いと考えますか。

 小宮山 私たちが何を考えているかというと、大きな意識の共有です。社会レベルの転換を誰がどのように引っ張っていくかが大事になります。そこで例えばプラチナ構想ネットワークでは「プラチナ森林産業イニシアティブ」をつくりました。40を超える団体に参加していただき、森林資源を活用して脱炭素化や経済安全保障の地方創生などの同時実現を目指していくと。

 ─ まず意識共有が大事?

 小宮山 ええ。私たちが何を考えているのかというと、それこそ大きな意識の共有なのです。広く言えば、プラチナ社会を目指していこう、資源自給国家を目指そうという目標があります。その目標の実現に向かって小さい活動を展開していく。

 例えば、地域エネルギー産業ができて規模が大きくなれば、制度や規制の整備につながります。そして、この意識が共有され、一定程度の大きな動きになれば、社会制度が整備されます。そうなれば、日本は雪崩を打って変わっていくと思います。

 ─ 日本人の国民性を見ても流れができれば変わります。

 小宮山 そうです。プラチナ構想ネットワークは、それをやろうとしているのです。まず誰かがやらなければ動きません。ただ私はできると信じています。

 ─ プラチナ構想ネットワークが始動して14年ですね。

 小宮山 最初は志を共有する仲間数人で始めたのですが、それが今では222の自治体に参加いただいています。どうしても自治体は動きが鈍いのですが、中には非常にやる気のある自治体があるのも事実で、そういった自治体が参加しています。

資本家と労働者の対立はなくなる

 ─ ここから新しい資本主義という概念をどう広げていくかが課題になりますね。

 小宮山 ええ。新しい資本主義とは、市民が自分たちに必要な企業に自分で出資するというものです。employee-owned companyのように従業員として出資しても、あるいは地域住民として出資しても構わない。それが実現すれば、資本家と労働者の対立はなくなります。そもそも、このときの市民は日本ではどこかの組織に属する労働者なのです。

 ─ 対立の図式ではないと。共同体という発想ですね。

 小宮山 そのコモンを維持するのが資本主義では不可能だというのが斎藤さんの論理です。しかし、コモンとは何かと考えてみると、水や空気は当たり前ですが、エネルギーや教育、環境、観光、港湾、道路、森林なども含まれています。

 それから今後、日本は都市鉱山に変わります。そうすると、リサイクルするためのインフラがコモンを維持する産業になるわけです。そこに市民が出資する。それが各地域にできていけば、分散型の産業が生まれてくることになります。資本も市民が分散して持っている国は、世界を見渡してもあまりないと。

 ですから、新しい資本主義とは、コモンを維持していく産業、それは生活を維持する産業といって良いと思いますが、そういった産業や企業に市民が自分たちで出資する世界を意味しているのです。地域のエネルギー会社が儲かれば、そこに出資している市民は配当を得ることができるということです。

 ─ 出資した以上の配当が返ってくることもあり得ます。

 小宮山 はい。原理的に言えば、出資額は配当より少なくなります。株式会社は儲けた原資を出資者に配るわけですからね。仮にそれを次の成長に使っても、配当に回れば、市民には何年かの配当で出資した以上の金額が返ってきます。もちろん、場合によっては長くかかるかもしれませんが、ペイすることができるわけです。

 ─ 市民に当事者意識が出てくることになります。これは経済学者の宇沢弘文先生が唱えていた「社会的共通資本」とも同じことになりますね。

 小宮山 ええ。同じです。資本主義を本気で考えていくと、いつかは行き詰まると。それで今のような状況が生まれているのだと思います。それは地球が無限の荒野で、ずっと成長するというモデルであったからなのです。