名古屋大学(名大)は9月25日、石垣島や西表島、台湾に生息する「アイフィンガーガエル」が、幼生(オタマジャクシ)の間はフンをしないことを発見したと発表した。

同成果は、名大大学院 理学研究科の伊藤文 特別研究学生、同・岡田泰和教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国生態学会が刊行する生態学に関する全般を扱う学術誌「Ecology」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:名大プレスリリースPDF)

アイフィンガーガエルの幼生は、天敵が少ない、木の洞や竹の切り株などの樹上の小さな水場で育つ。このカエルは日本で唯一の子育てをするカエルであり、父親が卵を乾燥や天敵から守り、母親は自身の無精卵を幼生にエサとして与え、幼生は成体になる。母親が卵という形で水場の外からエサを運んでくることで、エサの少ない小さな水場でも幼生が生きていけると考えられている。

しかし小さな水場には、エサ以外にも重要な、窒素化合物の排出(排泄)の問題もある。動物の生息環境と排泄には密接な関係があり、一般的に水棲の硬骨魚類や両生類の幼生は、窒素化合物をアンモニアに代謝し、それを便と共に排出する。アンモニアは有毒だが、周囲に大量の水があることで、迅速に希釈される。それに対し、陸生の両生類の成体やほ乳類は、周囲に利用可能な水が少ないため、窒素化合物を無毒な尿素に代謝して排出している。

しかし、アイフィンガーガエルの棲息する小さな閉鎖環境では、排出したアンモニアを希釈することは叶わない。仮にアンモニアを排出してしまうと、それが環境中に蓄積し、幼生の生存率を低下させてしまう危険性がある。そこで研究チームは今回、アイフィンガーガエルがどのようにしてその問題を解決しているのか、より詳しく調べることにしたという。

これまでの飼育観察から、アイフィンガーガエルの幼生は、変態するまでに固形の便をせず、腸内に固形の便を溜め込んでいることが確認されていた。研究チームはその事実から、アイフィンガーガエルの幼生は排便せず、アンモニアの排出量を減少させることで、小さく閉鎖された水場における汚染を避け、生存上有利な、独自の衛生戦略を獲得しているという仮説を立てたという。

そこでまず、アイフィンガーガエルの幼生がどれほどの量のアンモニアを環境中に排出しているのかに着目したとする。アイフィンガーガエルと他のカエル(ニホンアマガエル、ヤマアカガエル、モリアオガエル)の幼生を同じ体積(20ml)の蒸留水中で飼育し、時間経過と共に飼育水中のアンモニア濃度がどのように変化していくのかが測定された。その結果、アイフィンガーガエルの幼生は環境中に排出するアンモニアの量が他種に比べて非常に少ないことが確認された。

  • 小さな水場で繁殖するアイフィンガーガエル

    小さな水場で繁殖するアイフィンガーガエル(出所:名大プレスリリースPDF)

次に、便に含まれるアンモニア濃度が注目された。幼生の腸内容物を解剖によって取り出して蒸留水に懸濁した後、アンモニア濃度を測定。そして、他のカエル(ニホンアマガエル、ヤマアカガエル)との比較が行われた結果、アイフィンガーガエルの幼生の腸内には他種に比べて、むしろ高い濃度のアンモニアが便として蓄積されていることが判明したという。これらのことから、アイフィンガーガエルはアンモニアを多量に含んだ便を腸内に溜め込み、体外に排出していないことが考えられるとした。

  • アイフィンガーガエル幼生は固形の便を腸内に溜め込んでいる

    アイフィンガーガエル幼生は固形の便を腸内に溜め込んでいる(出所:名大プレスリリースPDF)

  • 飼育水中のアンモニア濃度の経時変化

    飼育水中のアンモニア濃度の経時変化(出所:名大プレスリリースPDF)

さらに、アイフィンガーガエルの幼生が、環境中のアンモニアに対し、どれほどの耐性を持つのか調べるため、アイフィンガーガエルの幼生とニホンアマガエルが、さまざまな濃度の塩化アンモニウム水溶液中で飼育され、生存率の比較が行われた。すると、アイフィンガーガエルの幼生はアマガエルの幼生が生存できないアンモニア濃度(50mM塩化アンモニウム)でも、ほとんどが死亡しなかったことから、他のカエルに比べて環境中のアンモニアに高い耐性を持つことがわかったという(ただし、さすがに高濃度のアンモニアでは死亡してしまうことも明らかにされた)。限界はあることから、高濃度のアンモニアでの死亡を避ける上で、排便を行わないという行動は有利に働くと考えられるとした。今回の研究により、アイフィンガーガエルの幼生は、排便を減少させ、さらに環境中のアンモニアに対しても高い耐性を持つ、という2種類の戦略により、小さな水場に適応していることが示されたとする。

  • 腸内容物のアンモニア濃度

    腸内容物のアンモニア濃度(出所:名大プレスリリースPDF)

  • 各濃度の塩化アンモニウム溶液中での幼生の生存率

    各濃度の塩化アンモニウム溶液中での幼生の生存率(出所:名大プレスリリースPDF)

アイフィンガーガエルは亜成体(カエルの姿)になった直後に、はじめて排便する。これは、小さな水場にエサとして持ち込まれた窒素が水場に排出されることなく、最終的に外に運ばれることが示されている。このような衛生戦略は、いくつかのハチやアリの幼虫が変態するまで腸内に糞便を保持し、狭い巣を清潔に保つといった行動と類似しているという。閉鎖的で小さな環境で、同種の個体、特に兄弟姉妹と一緒に成長することは、ユニークな衛生戦略の進化を促進するものと示唆されるとしている。