Salesforce(セールスフォース)の年次プライベートカンファレンス「Dreamforce 2024」(9月17日~19日、サンフランシスコ モスコーニセンター開催)は、同社が「世界最大規模のAIカンファレンス」と訴求したとおり、AIに関するセッションやデモが大半を占めた。初日の特別セッションでは、米NVIDIA(エヌビディア) CEOのJensen Huang(ジェンスン・フアン)氏とSalesforce CEOのMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏が登壇。AI技術の進化がもたらす社会とビジネスの革新、さらにAIエージェントが描く未来像について語った。
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左からNVIDIA CEOのJensen Huang(ジェンスン・フアン)氏とSalesforce CEOのMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏。ベニオフ氏は「フアン氏のリーダーシップとNVIDIAの存在がなければ、Salesforceは現在のような成功を収めることは不可能だった」と賛辞を送った
ベニオフ氏が振り返る、ディープラーニングへのコミットメント
生成AIの急速な普及で、NVIDIAのビジネスは飛躍的に成長している。2024年会計年度第3四半期(2023年8~10月)の決算概要によると、売上高は前年同期比206%増の181億2000万ドル。純利益は前年同期比1259%増、前四半期比も49%増の92億4300万ドルを記録している。
成長の主な要因は、データセンター事業の急拡大であり、AIトレーニングや推論に使用されるGPUの需要急増だ。「会社を設立した際、現在の技術の到達点をビジョンとしていたか」というベニオフ氏の問いに対し、フアン氏は以下のように説明する。
「長期的なビジョンとして汎用コンピューティングの限界を認識し、特定の問題を解決するための新しい形のコンピューティング拡張が必要だと考えていた。この考えが汎用プロセッサであるCPUではなく、高性能のGPUの開発につながり、最終的にAIの基盤技術となっていった」(フアン氏)。
NVIDIAでは早期からディープラーニングの可能性を認識し、AIインフラに対する大規模な投資と、アカデミア分野における研究者との密な協力を推進してきた。
このようなNVIDIAの取り組みに対し、ベニオフ氏も早期からAIの可能性に着眼し、同社のAIであるEinsteinの開発を推進してきたと説明したが「初期段階においては、NVIDIAほどディープラーニングへのコミットメントはなかった」と振り返った。
両社のAIへの取り組み方には差異があったものの、AIが社会とビジネスに革命的な変化をもたらすという点では両者の見解が一致している。フアン氏は「今後はあらゆる業界でAIは不可欠な存在になる」としたうえで、以下のように具体例を挙げて説明した。
「例えば、製造業ではAIが設計から生産、品質管理まで全プロセスを最適化するだろう。サービス業では自律型AIがカスタマーサービスを自動化し、各顧客にパーソナライズされたサービスが提供できるようになるはずだ」(フアン氏)。
フアン氏にとってChatGPTは「チューター」、ベニオフ氏は「セラピスト」
もう1つ、フアン氏がAIエージェントの活用領域として挙げるのが教育分野だ。将来的には、個人の理解度に合った長期的なAIチューター(個別指導の家庭教師)を生徒一人一人に提供し、生徒の理解度や学習スタイルに合わせたカリキュラムを組むといった世界も可能になると指摘する。
実際、フアン氏はChatGPTを「個人的なチューター」として活用し「思考のサポート」を受けていることを明らかにした。同氏は「問題を論理的に考えたり、思考を分解して何が間違っているのかを理解したりするときにChatGPTは役立つ」としたうえで、その活用の可能性を次のように話す。
「AIエージェントは24時間365日いつでも質問や疑問に答えてくれる。この利点は、学校教育だけでなく、企業での人材育成にも活用できる。例えば、労働市場の需要に応じた効率的なスキル習得に活用すれば、スキルギャップの解消にも役立つはずだ」(フアン氏)。
一方、ベニオフ氏は、AIチャットボットとの対話がヘルス/メンタルケア領域で大きな可能性を秘めていると語る。実際、ベニオフ氏自身もChatGPTを「セラピスト」として活用し、セルフリフレクション(自己内省)を行っているという。
「AIが提供する中立的かつ即時的なフィードバックは、自身の考えを整理し、新たな視点を得るのに非常に有用だ。もちろん、専門的な精神健康サービスの代替にはならないが、補完的なツールとして、ストレス管理や意思決定プロセスの改善、さらには創造的思考の促進にも大いに役立っている」(ベニオフ氏)。
AIエージェント導入アプローチは新人研修と同様に
今回のDreamforce 2024でSalesforceは、自律型AIエージェントの「Agentforce」を発表した。ベニオフ氏は「Agentforceは技術的背景のないビジネスユーザーでも簡単に構築できる」とし、今後はAIエージェントの構築と利用が広く一般に普及することで従業員の働き方を変えると主張する。
一方、フアン氏はAIエージェントを「スキル産業」として捉え、将来的に何千億ものエージェントがさまざまなタスクを実行する未来を描く。そのためには、AIエージェントがスムーズに稼働できるだけの基盤と技術が不可欠であると主張する。
具体的には同社が開発したGPU向け開発プラットフォームCUDA(Compute Unified Device Architecture)やGPUの性能向上、ディープラーニングに特化したインフラストラクチャの構築などだ。フアン氏は「NVIDIAの貢献が、AIエージェントの進化を可能にする」と意気込む。
では、このようなAIエージェントの技術的進化を踏まえ、その普及のために何が求められるのか。この点について、ベニオフ氏はグラウンディング(AIの出力を現実世界の文脈に適合させること)、ファインチューニング(特定のタスクに対してAIモデルを調整すること)、ガードレール(AIの行動に制限を設けること)といった自律型AIエージェントの活用に不可欠な技術を一般ユーザーにも理解できるようにすることが重要とし、以下のように指摘する。
「AIエージェントの精度と安全性を重視し、ハルシネーション(幻覚)リスクを最小限に抑えなければならない。さらに、専門化されたAIエージェントと汎用AIエージェントの両方の必要性を認識し、多数のAIエージェントを効率的に管理することが求められる」(ベニオフ)。
フアン氏は企業がAIエージェントを導入する際には、これまでのITシステムのようなアプローチではなく、新入社員の研修のような段階的な教育アプローチが必要だと語る。
AIエージェントが組織の中でどのような役割を担うのかを見極めて、人間とAIエージェントの協働部分を明確化し、既存システムとのシームレスな連携などの環境を整えることが、AIエージェント活用のカギになるという。特に自律型AIエージェントは人間の指示を待たずに事前処理を自動的に行うため、体系的な導入プロセスが不可欠だというのがフアン氏の主張だ。
最後に両氏は、AIエージェントは単なる労働の効率化にとどまらず、従業員の働き方や教育といった社会全体を変革する力を持つとの見解を示した。