2024年9月11日、Miraikan NOW8「地球飯(ちきゅうめし)」が始まりました。これは、食と地球環境について考える展示です。

さて、未来館で科学コミュニケーターとして働き始めておよそ半年。私はいつもお昼にデスクで同じようなパンを食べているせいか、どうやら周囲の科学コミュニケーターから「食にあまり興味がないやつ」と思われ始めた気がします……(泣)。

でも、そんな私だからこそ、今回は食について考えてみたいと思います。

というのも、ある本に出会い、食について改めて考えたくなったからです。例えば、たった一皿のカレーライスが、私たちの食を見つめ直すきっかけになるかもしれません。

未来館7階のMiraikan Kitchenでも、カレーライスを食べることができます

『カレーライスを一から作る 関野吉晴ゼミ』(前田亜紀著・ポプラ社)

このブログでは『カレーライスを一から作る 関野吉晴ゼミ』という書籍をご紹介します。

本書は、関野吉晴さんによる武蔵野美術大学のゼミを追った、『カレーライスを一から作る』という映画を書籍化したものです。

関野さんといえば、紀行ドキュメンタリー『グレートジャーニー』でおなじみの探検家。この旅では、車などの近代動力を使わずに、徒歩や自転車、カヌーなどの人力あるいは、犬ぞりやトナカイぞり、ラクダなどの動物の力のみで移動します。

そんな関野さんが武蔵野美術大学で担当するゼミでやることは、みんなでカレーライスを「一から」作ること。調理だけではなく、材料の調達からすべて行います。いったい、どんなカレーライス作りになると思いますか?

ちなみに、本書は児童書で小学校高学年くらいが対象となっているようです。大人が読んでも十分面白く、幅広い年代が楽しめる本だと思うので、ぜひお手に取ってみてください。

『カレーライスを一から作る 関野吉晴ゼミ』(ポプラ社、前田亜紀著)

スーパーには行かない? まずは田畑を耕すところから

私たちが普段カレーライスを作るとき、まずスーパーに行き、材料を揃えるのが一般的です。しかし、関野さんのゼミ生たちは、田畑を耕すところから始めます。

ゼミ生たちはお米を調達するために田んぼでお米を育てるだけでなく、畑でカレーライスの具材となる野菜、さらにはカレーに必要なスパイスまで栽培するのです。

もちろん、これらの作物は一朝一夕にできるわけではありません。また、作物の種類によって栽培期間や収穫時期が異なるため、それぞれに応じた手間と時間がかかるのです。よく考えればわかるけれど、普段はあまり意識しない、見落としがちな事実です。

こうして考えると、スーパーに行けば必要な材料がすべて同時にそろうという状況は、むしろ奇跡のように思えてくるのではないでしょうか。

未来館にも、老いパークという常設展示の「おつかいマスターズ」に“スーパー”があります。当たり前のようにいろんなものがそろっていますが、これって結構すごいことなんです。

塩は海へ採りに行き、皿もスプーンも一から作る

一から作るのは、田畑で育てるお米や具材、スパイスだけではありません。

味付けに使う塩も、自分たちで海へ採りに行きます。海水を煮詰めて塩にするという、シンプルながらも手間のかかる作業です。

さらに、カレーライスの材料をそろえたからといって、それで完成するわけではありません。

というのも、カレーライスを盛り付けるための皿やスプーンも、その一部だからです。ゼミ生たちは皿を焼き、スプーンも自分たちで作ります。これこそが「一から」作るカレーライス……!

食材だけでなく、普段何気なく使っている道具を一から作ることの大変さに、改めて気付かされますね。こういうところが、関野さんのゼミの醍醐味かもしれません。

命をいただくということ

実は、本書の冒頭で、ゼミ生はあることを議論しています。それは、「何カレーにするか?」ということです。

カレーと一口に言っても、野菜カレーやチキンカレー、ビーフカレー、シーフードカレーなど、さまざまな種類があります。当然、どんな具材をカレーに入れるかによって、調達する材料の難易度も変わります。

議論の結果、ゼミ生たちは鳥を育てることに決めます(どの鳥を育てることになったのかは、本書を読んでお確かめください!)。

もちろん、鳥は「食材として」育てるのですが……飼育係のゼミ生は育てている鳥を次第にペットのようにかわいがるようになってしまいます。わかってはいても、いざその時が近づいてくると「殺さなくてもいいのでは」、「野菜カレーでいんじゃないか」と思うようになるのです。

私たちは、普段お肉を食べるとき、動物の生きている姿を想像することはほとんどないかもしれません。加工された状態で、きれいなパックに入ってスーパーに陳列されているものを買うのが普通だからです。

でも、実際には私たちは自ら手を下していないだけで、動物たちの命をいただいてお肉を食べています。現代の社会ではそれに気が付きにくいだけなのです。

「卵を産む間は、生かしておいてもいいのでは?」
「もともと食材にするために飼い始めたわけだし、殺すべきでは?」
「わかってはいるけれど、殺す覚悟ができない……」
「植物にも命はあるのに、動物だけかわいそうというのは違うのでは?」

育てた鳥を殺すべきか皆で議論した結果、果たして何カレーになったのでしょうか……?

一皿のカレーライスから、食べ物の当たり前を考え直す

こんなふうに、本書は私たちが普段何気なく食べているものの背後にあるストーリーに気づかせてくれます。何でもすぐに手に入る現代において、何かを「一から」作る機会はなかなかありません。だからこそ、カレーライスを一からつくるゼミ生のドキュメンタリーは、私たちに多くのことを語ってくれます。

ところで、関野さんの「一から作る」という言い回しには、「ゼロから作っているのではない」、という意図が込められているそうです。例えば、作物を種から作ることができても、種を何もないところから生み出すことはできません。人間はゼロから何かを生み出せるわけではないことを前提とした「一から」という言葉の背景には、自然への敬意があるのです。

皆さんも、日々の食事を食べながら、それぞれの素材がどのように作られ、どこから来たのかについて、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか?

皆さんもカレーライスを食べながら、食について考えてみてはいかがでしょうか?


Author
執筆: 若林 里咲(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、展示解説や発信活動を実施。

【プロフィル】
進路に悩んでいた高校3年生の時、偶然手に取った本がきっかけで「サイエンスライター」という職業を知り、科学コミュニケーションに興味をもつようになりました。
大学・大学院では化学専攻として創薬の基礎研究に携わり、修士号を取得。その後、総合系コンサルティングファームに入社し、電力・エネルギー業界の案件を中心に担当してきました。
未来館では、科学の楽しさや魅力を共有しながら、私たちの暮らす社会や地球のこれからを、みなさんと多様な視点で考えたいと思います。

【分野・キーワード】
化学、電力