サプライチェーンの重要性を身近に実感する機会が増えている。まずは新型コロナウイルス流行によるパンデミックが思い出されるが、その後もスエズ運河での事故、ロシアによるウクライナ侵攻や地政学上の情勢など、さまざまな要因でサプライチェーンは分断される。

9月12日にオンラインで開催された「TECH+セミナー 製造業 - SCM Day 2024 Sep. 強靭な『サプライチェーンマネジメント』Ⅱ」に、日本サプライマネジメント協会 名誉理事長で、ビジネス・ブレークスルー大学大学院 「サプライチェーン経営論」 担当教授を務める上原修氏が登壇。サプライチェーンのレジリエンスの重要性について話した。

VUCAからBANIヘ

上原氏が名誉理事長を務める日本サプライマネジメント協会は、1915年に米国で設立された調達・購買・物流サプライチェーンの教育組織であるInstitute for Supply Management(ISM)の日本支部だ。ISMは世界80カ国、会員は英語圏を中心に5〜6万人いるという。

サプライチェーンにより、サプライヤー、製造業者、流通業者、小売業者などがそれぞれの立場から関与・連携した上で、商品やサービスが消費者の元に届く。上原氏はその重要性を「サプライチェーンはグローバル商取引の脊柱として機能し、商品やサービスを最終消費者に届ける、相互に連携する事業体の連鎖」だと表現する。

では今、サプライチェーンはどのような状況にあるのか。上原氏は「我々は戦争状態にある」という仏大統領エマニュエル・マクロン氏の言葉を引用しながら、ウイルスや自然災害、ウクライナ情勢などがサプライチェーンの不確実性を露呈させていると話す。変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字をとって「VUCAの時代」と言われてきたが、2020年より脆弱性(Brittle)、不安(Anxious)、非線形性(Non-Linear)、不可解さ(Incomprehensible)の頭文字をとった「BANI」になっているそうだ。

「このような状況下において、サプライチェーンの強靱性はかつてないほど重要になっています」(上原氏)

  • VUCAとBANIの概要

国が重視するサプライチェーンのレジリエンス

BANIの時代、サプライチェーンに求められるのは「レジリエンス」だ。レジリエンスは「強靱化」「跳ね返す」などの意味があり、サプライチェーンに障害があっても耐えて乗り越える強靱性が必要になることを指す。上原氏はこれを「事業継続性(BCP)に近い概念であり、サプライチェーンの継続性(SCP)はBCPを下支えする関係」だと説明した。

SCPについて、ISMのシンクタンク・CAPS Researchの日本研究会ではサプライヤー/代替品/内製/物流/在庫/レジリエンス(回復力)という6つの視点から要件を定義している。例えばサプライヤーでは、「現行サプライヤーの地域分散と仕入れリスクを再検討する」となる。

サプライチェーンの強靱化のためには、企業は将来のリスクを予測し、そのリスクに積極的に対処する必要がある。崩壊や寸断にタイムリーに対応することで、オペレーションへの影響を最小限に抑えることができるためだ。そしてサプライチェーンが強靱さを獲得するためには、グローバルサプライチェーンとそれに関連する問題を幅広く把握するために現状を簡単に概観することが重要だと同氏は述べた。

上原氏は、欧米の動きも紹介した。米国ではサプライ・レジリエンスに関する大統領令、「米国防生産法 タイトルIII」、欧州連合(EU)では「EUサイバーレジリエンス法」などが成立している。例えば米国の国防生産法は国防省の権限を拡大して国防に不可欠な医薬品などの国内生産への投資を可能にするというものだ。欧州は、サイバーリスクに主眼を置き、サプライチェーン全体のセキュリティを強化するという法規制が広がっているという。

日本では経済産業省と内閣府による「経済安全保障推進法」が施行に入っている。国民の生存に必要不可欠とする11分野を特定重要物質として指定し、その安定供給確保に取り組む民間事業者を支援することで特定重要物資のサプライチェーンの強靱化を図るというものだ。その中には、原薬製造も含まれており、「30年ぶりの国内回帰になる」(上原氏)そうだ。

また上原氏は、米国では商務省の下で「サプライチェーン・センター」が立ち上がったことを紹介。「緊要なサプライチェーンを積極的に強化し、米国の経済競争力、雇用、州を支える」と、その目的を説明した。また、国土安全保障省はサプライチェーンの安全性を高めるために民間企業と協力することを目的に「サプライチェーン・レジリエンスセンター」を新たに組成したという。このような動きは、「日本も見習うべき」だと同氏は提言した。

サプライチェーン改革につながる5つの取り組み

上原氏は、サプライチェーンを強靱化するための具体的なアプローチについても話した。

同氏はサプライチェーンの特長として、「グローバルレベルの複雑性、相互接続性」「頻発する寸断と不確実性」「ITへの依存と市場力学」「環境、規制、社会的要求」の4つを挙げる。この4つの特長を持つがゆえに、サプライチェーンには強靱さが求められるが、そのためにはサプライチェーンの改革が不可欠になる。

サプライチェーン改革のための取り組みとして、上原氏は次の5つを提案した。

1.内外作の再検討―インソーシングかアウトソーシングか、国内で買うか・つくるか、外から買うかなどを見直す

2.物流網の確保―多様・多彩な物流網を使い仕入れ先から運ぶ。そのためのチーフ・ロジスティックス・オフィサー(CLO)の設置、ロジスティックスではなく、プロキュアメント(チーフ・プロキュアメント・オフィサー、CPO)、サプライチェーン(チーフ・サプライチェーン・オフィサー)でも良い

3.社内外の評価―欧米では、プリファードカスタマー(優先顧客)になることを目的に、サプライヤーからのフィードバックを得るためのアンケート調査を定期的に行っている

4.CPO職の設置―全社の原価を把握し企業の成長戦略の一旦を担う最高購買責任者(チーフ・プロキュアメント・オフィサー)を設け、企業戦略と調達戦略を結び付ける

5.女性購買職の増強―欧米では女性の進出が目覚ましく、ビジネス面では営業より購買での活躍が素晴らしい

これに加えて、上原氏は海外企業の購買担当とやり取りすることも提案した。

最後に同氏は、「現在の地政学的リスクや不確実性の高まりを考慮すると、サプライチェーンの強靱化は国内外問わず、現代社会が取り組むべき必須の課題」だと、改めてサプライチェーンにおけるレジリエンスの重要性を強調した。