広島大学は9月10日、「日本多施設共同コホート研究」(J-MICC study)の静岡地区および大幸研究のデータを用いた横断研究により、60歳以上の男女において嚥下障害リスクと睡眠の質の低下が関連することを明らかにしたと発表した。

同成果は、広島大大学院 医系科学研究科の濵陽子大学院生、同・内藤真理子教授、同・津賀一弘教授、名大大学院 医学系研究科の若井建志教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、科学全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Heliyon」に掲載された。

  • 嚥下障害リスクに基づく睡眠の質、睡眠時間、睡眠満足度、睡眠規則性との関係

    嚥下障害リスクに基づく睡眠の質、睡眠時間、睡眠満足度、睡眠規則性との関係(出所:広島大プレスリリースPDF)

「年を重ねると、朝早くに目が覚めてしまい寝ていられない」という話を、高齢の方から聞いたことがある人も多いのではないだろうか。実際、60歳以上になると、睡眠を維持することが困難になる傾向があることが報告されている。

睡眠維持困難は身体的要因と強く関連しており、誤嚥(ごえん)による咳なども原因の1つと報告されているという。年齢と共に嚥下(えんげ)機能が低下すると、睡眠中の嚥下制御はますます困難になり、睡眠の維持に影響を及ぼすことが予想されるとする。また、睡眠の維持が困難になるとその質にも影響するが、高齢者では夜中に何度も目が覚めるなどにより質が低下し、十分に心身の休養が取れておらず、日中に眠気や倦怠(けんたい)感を感じていることに気づきにくいことが報告されている。

睡眠の質に対する嚥下機能の影響を調査することは、その機能の低下が睡眠に及ぼす潜在的な影響について、貴重な洞察が得られる可能性があるという。そこで研究チームは今回、J-MICC studyの一部のデータを活用し、自記式アンケートにより調査することにしたとする。

睡眠の質の客観的評価には、1泊入院して頭や体にシールを貼り付けて睡眠中の脳派などを測定する「睡眠ポリグラフ検査」や、手首に小型センターを約2週間装着して睡眠のリズムを測定する「アクチグラフ」などの機器を使用することで調べることが可能。また嚥下機能の低下については、30秒間に3回以上唾を飲み込むことができるかを測る「反復唾液嚥下テスト」や少量の水を飲んでむせなどがないかを確認する「改定水飲みテスト」などの簡単なスクリーニング手法で評価することができる。

ただし今回は、自記式アンケートによる調査であり、睡眠の質に関しては、18項目からなる「日本語版ピッツバーグ睡眠質問票」(PSQI-J)が使用され、睡眠の質に加え、睡眠時間、満足度、規則性に関する情報が取得された。一方の嚥下障害リスクに関しては、日本で開発された12項目からなる評価票「地域在住高齢者誤嚥リスク評価指標」が用いられた。

今回の研究では、J-MICC studyの一部である静岡研究と大幸研究の2012年2月から2015年3月までに実施された第2回調査の60歳以上の参加者3058人(男性1633人、女性1425人、平均年齢66.5±4.2歳)のデータが活用された。調査の結果、28.0%が嚥下障害リスクを有し、19.1%に睡眠の質の低下が見られたという。

対象者の背景の差を調整後、嚥下障害と睡眠の関連を解析したところ、男性では、嚥下障害のリスクがあると、睡眠の質が悪いこと、睡眠不満足、不規則な睡眠と有意に関連していることが判明。また女性では、嚥下障害のリスクは睡眠の質が悪いこと、睡眠持続時間が6時間未満と有意に関連していた一方で、睡眠不満足、不規則な睡眠との関連は有意ではなかったとした。

  • 嚥下障害リスクに基づくPSQI-J各項目との関係

    嚥下障害リスクに基づくPSQI-J各項目との関係(出所:広島大プレスリリースPDF)

嚥下障害のリスクとPSQI-J各項目の点数(PSQI-Jでは各要素を0~3点で評価し、合計スコアが6点以上だと睡眠の室が低いことを示す)との関連を検討したところ、男女とも、嚥下障害のリスクは睡眠の質、入眠時間、睡眠困難、日中覚醒困難と有意に関連していた。特に、日中覚醒困難については、男性、女性共に関連が強く見られたとした。

高齢者は、昼寝で睡眠を補うことによって、睡眠の質の低下を意識していない場合もあるとする。嚥下機能の低下による食事や水分摂取時のむせなどは、本人にとっても周囲の人々にとっても容易に観察できる症状であり、また運動などにより改善・維持できる可能性がある。つまり、嚥下機能を維持することは、睡眠の質や健康を維持する動機になることが考えられるとしている。

高齢者の睡眠の質の低下は、認知機能の低下だけでなく健康状態の悪化、身体能力の低下、フレイルなどと関連することが報告されている。嚥下機能の維持に焦点を当てた、運動・口腔保健指導・栄養指導などの健康指導は、睡眠の質の改善にも寄与する可能性があるという。しかし、睡眠維持困難の要因となり得る「胃食道逆流症」や「ドライマウス」については今回の研究では評価していないため、さらなる研究が必要としている。