東京大学(東大)は9月6日、「量子誤り訂正」の機能を備えた量子演算に必要な「魔法資源」を定量評価する手法を大幅に効率化し、魔法資源の評価という特別なタスクの最適化問題に潜む数学的構造を計算プロセスにうまく組み込むことで、「最適化問題」の求解に必要な計算時間・メモリを大幅に圧縮することに成功したと発表した。

同成果は、東大大学院 情報理工学系研究科の浜口広樹大学院生、同・浜田航宇大学院生、同・大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻の吉岡信行助教らの研究チームによるもの。詳細は、量子科学および科学関連に関する全般を扱う学術誌「Quantum」に掲載された。

量子誤り訂正機能を持つ量子コンピュータによって複雑な演算を行うには、コンピュータの内部で自然に実現可能な操作だけでは不十分であり、補助的な外部入力として「魔法状態」と呼ばれる量子状態を準備する必要がある。同状態は、標準的な量子ゲートでは生成できない、非古典的な性質を持ち、それを高い精度で準備するためには大きなコストがかかる。そのため、演算によって消費される同状態の数、つまり「魔法資源」を定量的に理解し見積もることが望ましいとされている。このような定量指標として最もよく知られているのが、「Robustness of Magic」と呼ばれる指標だが、従来の研究では、評価に必要な計算メモリが大きく、8量子ビットに相当する評価でさえ、現在のスーパーコンピュータでは格納できないデータ量が必要になると見積もられるほどだったとのこと。

  • 今回の研究により、量子ゲートが持つ魔法始原の高速な定量評価が実現された

    今回の研究により、量子ゲートが持つ魔法始原の高速な定量評価が実現された(出所:東大プレスリリースPDF)

魔法資源の値は、主に資源配分や生産計画に用いられる数理最適化問題の「線形計画問題」を解くことで得られる。同問題とは、線形関数を目的関数として最適化(最大化または最小化)し、線形の不等式または等式の制約条件を満たすことで解が求められる。ここで最大の問題は、パウリ群の可換な部分群に属する演算子の同時固有状態である「スタビライザー状態」と呼ばれる量子状態の集合をすべて考慮する必要があるため、その大きさが量子ビットの数に対して超指数関数的に増大してしまうという点にあるという。

  • 魔法状態の量子テレポーテーションの概念図

    魔法状態の量子テレポーテーションの概念図。誤り耐性量子計算機においては、難しい演算と自然な演算が存在する。前者を行うためには、外部入力として魔法状態を準備した上で、もつれ操作、量子測定および測定結果に応じたフィードバック操作を行う、すなわち量子テレポーテーションを行う必要がある(出所:東大プレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、実際の最適解が、著しく少ない数の状態から構成されていること、そしてそれらの状態は、ターゲットである魔法状態との「類似度」が極端に大きい/小さいことに着目することにしたとする。魔法資源を効率的かつ大規模に評価する手法が新たに開発され、上述の計算が通常のパソコンだけで実行可能となることを示すことが目指された。

今回の研究では、類似度の値を活用することで、極めて小さな状態から構成される解の候補を逐次的に更新していき、最終的に最適解に到達できることが示された。提案された手法によってあらゆる魔法資源の計算が実行された結果、逐次的な更新回数は多くの場合10回以下程度と、非常に効率よく最適解に到達できることが突き止められた。問題が持つ性質の「強双対性」(主問題と双対問題(元の問題と相補的な問題のこと)の最適値が一致すること)ゆえ、正しい答えが得られた場合とそうでない場合を確実に判別できる点も、大きな強みとして挙げられるとする。

  • ランダムな2量子ビット状態に関する魔法資源評価における最適解の疎性

    ランダムな2量子ビット状態に関する魔法資源評価における最適解の疎性。色のついたセルとグレースケールのセルはそれぞれ、最適解に活用された/されなかったものを表す。青矢印と赤矢印は、最適解に活用された状態の中で、それぞれ重みが正と負のものを表す。疎性は量子ビット数と共に顕著になり、8量子ビット系では1億分の1程度の状態が最適解に活用された(出所:東大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、誤り耐性量子計算に必要な魔法資源の高速な定量評価が実現された。誤り耐性量子計算においては、非常に多くの量子ビットにまたがる演算が数多く必要となる。それを鑑みると、魔法資源の評価を通じて量子計算の実装に必要なコストを見積もることは、量子優位性の達成の早期化に貢献することが期待されるとした。また、大規模なサイズにおける魔法資源の評価がさらに進めば、魔法資源を通じた量子多体物理現象の理解が一層深まることが考えられるとしている。