大阪大学(阪大)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は9月6日、理化学研究所(理研)の所有する施設「SACLA」のX線自由電子レーザー(XFEL)を用いた新たな計測法により、100兆分の1秒(=10-14=10フェムト秒)程度の精度を有した高速イメージングが実現され、高強度レーザーにより加熱された固体の銅薄膜内部のプラズマへの遷移過程を捉えることに成功したと共同で発表した。

同成果は、阪大 レーザー科学研究所の千徳靖彦教授、米・ネバダ大学リノ校の澤田寛准教授を中心とした、JASRI、理研 放射光科学研究センター、米・SLAC国立加速器研究所、加・アルバータ大学、米・ローレンス・リバモア国立研究所、米・ロチェスター大学の研究者も参加した20名強からなる国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

  • 高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図

    (a)高強度短パルスレーザーにより加速された高速電子による銅薄膜の加熱の模式図。(b)固体から高温プラズマへの加熱過程と計測結果。(c)レーザー照射された銅薄膜のX線撮影像の時間発展(出所:JASRI Webサイト)

高強度短パルスレーザーは、光のエネルギーを1兆分の1(10-12=1ピコ秒)秒程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することで、レーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億(108)気圧以上に増強したレーザーのことをいう。これにより、物質を100兆分の1秒という極短時間で数百万℃から1億℃まで一気に加熱することが可能。加熱時間が短いため、物質は固体密度を維持したままプラズマ(物質から電子が剥がれた物質の第4の状態)へ相転移し、太陽内部以上の高エネルギー密度状態になるという。このような超高速加熱を「等積加熱」と呼び、既知の密度の値を持つ非平衡輻射プラズマを生成することが可能。これらのプラズマは、状態方程式や熱伝導、X線吸収過程などの原子過程の研究やレーザー核融合の基礎研究のプラットフォームとして利用されている。

しかし、高強度短パルスレーザーによる加熱現象は、現象の時定数の短さと加熱領域がmm以下と小さいため、現象の詳細を捉えることが容易ではなく、その詳細は実験では解明できていなかった。そのため、中でも密度が高い固体や高密度プラズマの内部を診断するための高空間・時間分解計測手法の開発が求められていたとする。そこで研究チームは今回、高強度短パルスレーザーにより生成された高速電子が、固体の銅薄膜を等積加熱する様子を、高空間・時間分解能を有するXFELを用いた超高速撮影に挑むことにしたという。

XFELとは、X線領域のパルス状のレーザーのことで、従来の放射光源と比較して、非常に短い時間パルス幅と高い輝度が実現されているのが特徴である。光子エネルギーが数~数十キロ電子ボルトのような硬X線領域の場合は、その高い透過性能を活かして、高密度の物質の内部の状態を観察することが可能だ。

レーザーが照射された銅薄膜に対する、100兆分の1秒のX線パルスを用いた撮影が行われた。すると、加熱された領域のX線の透過率の変化が観測されたという。この加熱領域の時間変化は、2つのレーザーのタイミングを変えることで捉えられ、最終的に銅薄膜表面が変形することで現れる干渉縞も撮影されたとした。これらの結果は、銅薄膜が加熱され、平衡状態に至り、その後冷却される時間発展を詳細に捉えたものとする。

さらに、X線の光子エネルギーを変化させて得られた実験データと、高強度レーザーと物質の相互作用をシミュレーションした結果が比較された。衝突過程やイオン化過程が組み込まれたプラズマ粒子シミュレーションによる解析の結果、レーザーが照射され高温・高イオン化された状態の領域と、高速電子が伝搬したレーザースポット周辺領域は異なる状態にあり、周辺部は低温でイオン化が進んだ縮退状態の「プラズマ遷移状態」(固体からプラズマへ遷移する過程で現れる中間状態で、固体とプラズマの性質を併せ持つ)であることが突き止められた。

これらの結果は、「高速電子による加熱」=「電子温度の上昇」という従来の考え方と異なり、非平衡プラズマでは、温度とイオン化の上昇が異なり、独立していることが示唆されているという。この知見は、原子核物理計算のモデルの検証などに応用が期待されるとした。

今回の研究では、XFELを用いた超高速撮影により、高強度短パルスレーザーで2種類の高温・高密度プラズマ状態が1兆分の1秒以内に形成されることが解明された。特に、高温プラズマの加熱過程は、レーザーフュージョンエネルギー達成に不可欠な高効率核融合点火を実現する上で、重要な基礎物理過程とする。

さらに、高強度・高エネルギーのレーザーを使用することで、高密度燃料の点火条件に近づくことが期待される。また、今回の研究で開発された計測手法は、圧縮された燃料球のような高密度プラズマの診断に有効で、レーザー核融合や高エネルギー密度科学の一層の発展が期待される。