ガートナージャパンは8月27日~28日に「ガートナー デジタル・ワークプレース サミット」を開催した。「デジタル従業員エクスペリエンスを改善するための新たな方法トップ10」と題するセッションでは、ガートナー バイスプレジデント アナリストのダン・ウィルソン氏が登壇し、近年注目を集める「デジタル従業員エクスペリエンス(DEX)」 の改善方法を解説した。
会社から監視されても従業員体験が上がるならOK?
企業が持続的に成長するためには、そこで働く従業員のエクスペリエンス(EX)を高めることが重要だとの認識が広まってきた。特に、デジタル化が進展した今日では、デジタル従業員エクスペリエンス(DEX)に注目する必要性も高まっているという。
「2000年代にアナログのプロセスをデジタル化し、2010年代に顧客のエクスペリエンス(CX)が重要テーマになりました。また2020年代、特にパンデミックを背景として重要になってきたのがEXです。プライベートと仕事のバランスをどうとっていくか、適切なデジタルツールを提供できるかなど、企業は従業員の体験を優先して考える必要がでてきました」(ウィルソン氏)
これまで企業はデジタルツールを従業員がきちんと仕事をしているのか、監視し見守るために利用することが多かった。また、デジタルツールが逆に社員のモチベーションや生産性を低下させるデジタルフリクション(デジタルによる摩擦)につながることもあった。ただ近年は従業員のデジタルに対する意識は変わりつつある。それに伴い、デジタル従業員エクスペリエンス(DEX)を重視することが求められるようになったという。
「ガートナーの調査によると、30%の従業員が、DEXが改善されるのであれば、それと引き換えにプライバシーを差し出す用意があると回答しました。会社から監視されても、ITで困ったときにはサポート部門から積極的にサポートしてほしいということです」(ウィルソン氏)
DEXのメリットは「パフォーマンスの可視化」「プロセスの改善」など5つ
ウィルソン氏によると、テクノロジーが増え、テクノロジー依存が高まったことで、従業員からの要求も高まる傾向にある。そのなかにあって、企業がDEXへフォーカスする必要性もますます高まっている。また、従業員からの要求も、生産性を向上させるといった以外に、サイバー攻撃によって個人のミスで被害が広がるような事態を防いでほしい、監視・モニタリングしてほしいというニーズも増えているそうだ。
同氏は、DEXに取り組むメリットについてこう話す。
「大きく5つのメリットがあります。パフォーマンスの可視化、フリクションの修復、従業員エンゲージメント、インテリジェントな自動化、プロセスの改善です。ガートナーではDEXを『従業員のテクノロジー、エクスペリエンスの継続的な改善を優先する戦略』と定義しています。EXは『人間、テクノロジー、物理的なエクスペリエンス を組み合わせたもの』です。DEXの5つのメリットを享受できるようにするツールが、DEXツールです」(ウィルソン氏)
その上でウィルソン氏は「DEXを改善するための方法トップ10」を紹介した。このトップ10は、初級(自転車レベル)、中級(飛行機レベル)、上級(ロケットレベル)の3つに分かれている。
初級は「幅広いチームを編成する」「データ収集手法のバランスを調整する」「パフォーマンスと信頼性を理解する」の3つだ。
中級は「DEXスコアを積極的に利用するが、過信しない」「優先順位付けと順序付けにより、従業員の『変革疲れ』を最小限に抑える」「ソフトウエア/ハードウエアのライフサイクルを最適化する」の3つだ。
上級は「革命ではなくリズムを確立する」「サステナビリティを改善する」「DEXとビジネス・パフォーマンス・データを組み合わせる」「現場ワーカーの存在を忘れない」の4つとなる。
初級から中級まで、DEXの取り組みで気を付けるべきポイントとは
初級の1つ目である「幅広いチームを編成する」では、社内メンバーとのコラボレーションが重要だ。
「中核となるのは、人事部門やコーポレートコミュニケーション、オフィス施設のリーダーです。そこで議論を行い、取り組みを段階的に広げていきます。次のフェーズでセキュリティ&コンプライアンス、ビジネス部門のリーダーを加え、最終的にEXや人材育成、財務、ESG関連部署までを加えていきます」(ウィルソン氏)
「データ収集手法のバランスを調整する」では、テクノロジーなどの客観的な要素と、人材やプロセスなどの主観的な要素のバランスをとってデータを収集することが重要だ。客観的なデータとしてはDEXツールや各種モニタリングツールから収集するデータがある。また主観的なデータとしてはITSM(ITサービス管理)やITプロジェクトに関するアンケート調査、センチメント分析、従業員の声(VoE)などがある。
「どちらかに偏ると現状把握を間違えます」(ウィルソン氏)
「パフォーマンスと信頼性を理解する」は、CPU情報や障害情報、ソフトウエアの不具合、ハングアップ状況、パッチの適用状況など、事実に基づいて判断し、情報を積極的に利用していくということだ。
続いて、中級となる「DEXスコアを積極的に利用するが、過信しない」では、DEXツールによる精度や幅の違いを考慮して、盲点にならないように気を付けることだ。
「Apple製品ではコアの部分での情報がとれなかったり、BYOD端末のデータがとれなかったりします。複数のデバイスを使い分けているユーザーもいるため1つのデバイスの情報だけで判断することはできません」(ウィルソン氏)
「優先順位付けと順序付けにより、従業員の『変革疲れ』を最小限に抑える」は、取り組みの順番を工夫することを指す。例えば、成功した企業では、まず「満足度」を高め、次に「コネクテッド」をテーマに取り組みを連携させ、最後に「エンパワー」をテーマに取り組みを強化していったという。
「ソフトウエア/ハードウエアのライフサイクルを最適化する」は、資産管理ツールなどを使って、ITライフサイクルによってDEXがどう変わったのかを測定することだ。その際にはパフォーマンスベースで測定できるツールを使って、本当に必要のあるリプレースを行うといった工夫も必要だと同氏は説明した。
DEXデータとビジネスデータを結び付け、状況にあった戦略を実行する
上級の1つ目となる「革命ではなくリズムを確立する」は、一度の大きな取り組みで大きな成果を得ようとするのではなく、反復的な実行戦略で臨むということだ。このリズムを確立しないと変革疲れが起き、効果的な導入を阻害する要因になる。
「反復的な実行は、透明性を確保し、変革に備えること、変革管理を実施できるようになります。それにより素晴らしい成果が得られます」(ウィルソン氏)
「サステナビリティを改善する」は次のようなことだ。DEXツールにはデバイスのエネルギー消費量やアセットの炭素排出量といったサステナビリティ状況をダッシュボードで表示できるものがある。それらを見て、デバイスの電源オフすることをプッシュ通知したり、使っていないアセットの削減を目指したりできる。
「DEXとビジネス・パフォーマンス・データを組み合わせる」は、DEXスコアと従業員のパフォーマンスを関連付けて改善を目指すことである。
「ビジネスパフォーマンスが高いことと、DEXスコアには相関が見られます。例えば、コールセンターを分析すると、個人のパフォーマンスが低い場合は、DEXスコアが低く、思ったように作業を進められないことが原因になっている場合があります。改善によりスタッフのパフォーマンスを高めることができるのです。テクノロジーによってハンディキャップを負っていたということです」(ウィルソン氏)
最後の「現場ワーカーの存在を忘れない」は、バックオフィスワーカーに導入されているのと同じテクノロジーを同様な方法で適用しないということだと言う。倉庫現場や医療現場などのワーカーは、オフィスワーカーとは異なる従業員エクスペリエンスがある。PCやチャットを使えない現場もある。現場のエクスペリエンスを測定し、別の方法を見つけることが重要となる。
最後にウィルソン氏は「今DEXに投資することが、次の2030年代のエクスペリエンスの準備につながる。次のエクスペリエンスに対応できず、市場から消えてしまった企業もある。DEXエンジニアの候補を特定し、ツールの棚卸すること、また、測定とロードマップ策定に取り組むことをおすすめする」と述べ、講演を締めくくった。