日本ヒューレット・パッカード(HPE)は9月3日、オンラインで説明会を開催し、環境、社会、コーポレートガバナンス(ESG)に関する目標と取り組みについてまとめた年次報告書である「Living Progress レポート 2023年度(日本語版)」を発表した。同報告書では、HPEが2040年までにバリューチェーン全体でネットゼロの実現を目指すことを示している。なお、Living Progress レポート 2023年度(日本語版)の詳細を公開している。

Living Progress レポートとは?

Living Progress レポートは、HPEにおけるESG戦略のフレームワーク。このフレームワークはHPEのミッションである「データファーストの世界のために持続可能で責任あるテクノロジーソリューションを創造」を中心に「ネットゼロの加速」「人への投資」「誠実な運営」の3つを柱としている。

  • HPEにおけるESG戦略のフレームワーク

    HPEにおけるESG戦略のフレームワーク

日本ヒューレット・パッカード サステナビリティ推進部 部長兼ガバメントリレーション担当の安本豐勝氏は「当社の戦略は、HPEの事業価値と社会にとって重要な課題に取り組むためにある。取り組むべき課題はHPEの事業価値の重要性と、社会・環境への重要性というダブルマテリアリティ評価をもとに選択し、ビジネスや業務上の変化に応じて定期的に見直し、更新している。当社のESG戦略はコンプライアンス対応や義務的な情報開示にとどまらず、持続可能性と責任をHPE全社の事業戦略と統合しており、定着は簡単ではないが、それを目指して取り組みを続けている」と強調した。

  • 日本ヒューレット・パッカード サステナビリティ推進部 部長兼ガバメントリレーション担当の安本豐勝氏

    日本ヒューレット・パッカード サステナビリティ推進部 部長兼ガバメントリレーション担当の安本豐勝氏

Living Progressは、競争上の優位性を最大化して収益・利益をもたらし、企業価値を守ることを目的にし、サステナビリティは事業のあらゆる側面と関連することから、全部門で共有される責任であり、サステナビリティと各部門の活動を密接に結びつけるためにはガバナンスが必要になるという。HPEではLiving Progressと連動したガバナンスとして、役員報酬との連動、取締役会・役員レベルの監督と研修、リスク管理、製品開発を定めている。

同社はIT環境の持続可能性を実現するソリューション群を「サステナブルIT」を呼び、顧客への関与による2023年度の純売上高は2018年度比5倍の18億5000万ドル(日本円換算で2700億円)となり、サステナビリティやコンプライアンスに関する営業関連の問合わせ件数は同3倍の4000件超となっている。

このように拡大した背景について、安本氏は「入札や調達などのプロセスにサステナビリティを組み込む傾向が欧米を中心に強まっていることを示している。HPEのお客さまはサステナブルITに予算を配分する傾向が高まっており、米国はSEC(米国証券取引委員会)による気候関連の開示規則、欧州ではエネルギー効率化指令などの影響がある。日本でも金融庁がGHG(温室効果ガス)排出量を含めたサステナビリティ情報開示のルール作りを進めており、ISSB(国際サステナビリティ基準審査会)が定めるサステナビリティ情報開示の国際基準を採用・準拠する国の増加により、この傾向は拡大する」と説明した。

また、生成AIで使用するプロセッサは高性能ではあるものの電力・発熱量が上昇しており、データセンターへの影響は大きい。持続不可能な規模でのエネルギー消費や電力網への負担、クリーンエネルギーへの移行に伴うリスクといった、AIの活用で生まれる負への対策も求められているという。

HPEが取り組むESG戦略における3つの柱

こうした状況をふまえつつ、同氏はネットゼロの加速、人への投資、誠実な運営の3つの柱に関する進捗状況を説明した。

ネットゼロ企業への移行を促進する取り組みについて、同社は2040年までにScope1~3でネットゼロを目指しており、SBTi(Science Based Targets initiative)にIT企業では初めて承認されている。

Scope1~3というのは、サプライチェーン排出量(事業者の原料調達・製造・物流・販売・廃棄など一連の流れ全体から発生するGHG排出量)のことで、国際的なイニシアティブであるThe Greenhaouse Gas Protocol Initiative(GHGプロトコルイニシアティブ)が策定した基準。

事業者によるGHGの直接排出をScope1(直接排出量)、他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接排出をScope2(間接排出量)、Socpe1、Scope2以外の間接排出をScope3(そのほかの間接排出量)としている。

同社では、Scope1とScope2を2020年比70%削減、サプライチェーンの排出分であるScope3は同42%削減、2040年にはバリューチェーン全体となるScope1~3の排出量を同90%削減することを目標に掲げている。

  • 2040年までにネットゼロを目指している

    2040年までにネットゼロを目指している

また、再生可能エネルギーを52%利用し、製造サプライヤーの事業活動に伴う排出量を前年同期比18%削減。また、60%のデータセンターのフットプリンの削減を同社製サーバ「HPE ProLiant Gen 11」で実現したほか、「HPE GreenLake」に移行したことで53%のインフラストラクチャの商品電力を削減したとのことだ。

次世代テクノロージーのために研究開発にも力を入れている。2023年度は23億5000万ドルを投じ、ITサステナビリティのメリットをもたらす電力消費管理や余剰電力の削減、電力にもとづくリソース割り当ての実現などを含め、取得した特許数は783件に達した。

サステナブルITの製品は「専門知識とアドバイス」「データと可視性」「低炭素で責任あるソリューション」の3つ領域で提供。

専門知識とアドバイスでは、同社のエキスパートがワークロードを評価して消費電力およびカーボンフットプリントに関する情報を提供する「HPE Right Mix Advisor」、データと可視性に関してはITのエネルギー消費やCO2排出量、電気料金に関する洞察を提供する「HPE Sustainable Center」を提供している。低炭素で責任あるソリューションはGPUとCPUを効率的に冷却するためにDirect Liquid Cooling(DLC、液冷)での経験が生かされているという。

  • サステナブルITの製品群

    サステナブルITの製品群

ニーズに合わせたキャリア開発に2000万ドル

人への投資では、ソーシャルインパクト戦略にもとづき、生活や働き方を向上させるために同社のテクノジーとカルチャーを活用し、コミュニティのニーズに即した取り組みを行っている。

取り組み自体は慈善活動やボランティア活動にとどまらず、同社のリソースを活用してヘルスケア、コミュニティのレジリエンス、DEI(Diversity Equity & Inclusion:多様性・公平性・包括性)と人権の3つの領域にフォーカスした活動を実施している。

2023~2024年は3つの気候テック・インパクトアクセラレーター、1つの人権インパクトアクセラレーターを立ち上げ、今後はヘルスケアインパクトアクセラレーターの立ち上げを予定。

安本氏は「各アクセラレーターは多様なバックグラウンドを持つ人々が率いるスタートアップ企業を支援する活動。当社は専門知識、テクノロジー、パートナーシップをスタートアップに提供し、従来では見過ごされがちなスタートアップが持つイノベーションを促進する取り組みを行っている」と話す。

  • イノベーションを促進するための取り組みを実施している

    イノベーションを促進するための取り組みを実施している

さらには、2023年度にニーズに合わせたキャリア開発では、学習と能力開発に2000万ドルを投資し、キャリアレベルに合わせた研修を実施し、サイバーセキュリティ人材の経験格差を埋めるキャリアリブートプログラムを提供。

また、同年度の自主退職率は業界平均を下回る5.1%となり、社内におおけるオープンポジションの40%は社内候補者で埋まり、エンゲージメント率は83%となった。加えて、87%のリーダーがインクルーシブリーダーシップ研修を終了し、92%の社員が多様なバックグラウンドを持つ人々が同社で活躍できていると感じているという。取締役会の女性役員の割は46%、執行員会の女性役員の割合は50%となっている。

最後は誠実な運営に関してだ。責任あるテクノロジーソリューションの開発・展開するため、サプライチェーンの責任における基準を引き上げるとともに倫理的AIを前面に打ち出して、責任あるソリューションを市場に提供すると位置付けている。

倫理的AIに向けたアプロローチとしたAI倫理原則を製品開発、パートナーシップ、営業活動、そのほかの社内業務にわたり実践し、全社員にAI倫理トレーニングを提供。また、新たなAIの活用について人権中心の評価を行うなど、AIの導入プロセスの強化を進めていく。

  • 責任あるテクノロジーソリューションの開発と展開に関する概要

    責任あるテクノロジーソリューションの開発と展開に関する概要

そして、バリューチェーン全体で人権を守る活動としては、雇用者負担の原則を遵守するサプライヤー、サプライヤーが労働者に人権に関する研修の実施、サプライヤー拠点(一次、二次)には効果的な苦情プロセスを設けるの3つを2030年までに、すべてのサプライヤーが対応済みとなることを目指している。2023年の進捗は、雇用者負担原則の遵守が59%、研修が47%、苦情処理プロセスの設置が59%となっている。

最後に安本氏は「こうした取り組みを通じて、主要なサステナビリティランキングや格付けで常に上位にランクインしている。当社は、進化するサステナビリティの状況と、ステークホルダーの情報開示に対する期待を注視している。当社のアプローチは、現在の基準を満たすだけでなく、将来のトレンドを予測してマテリアリティ評価にもとづき、優先事項を選択し、リーダーシップを発揮し続けていく。今後もステークホルダーの期待や業界の成功事例に即した、Living Progressイニシアティブを積極的に推進していく」と力を込め、説明を結んだ。