数ある企業の中から、人がその企業を選んで働く理由の1つとして「働きがいを感じられる」ことが挙げられるだろう。一方、多くの人は職場環境や人間関係などを指標とする「働きやすさ」を求めている。これらが両立されていれば、従業員はポジティブな姿勢で働くことができ、最終的にビジネスの成果へとつながってくるはずだ。では、企業は「働きがい」と「働きやすさ」にどう向き合うべきか。
SmartHRでは社員から取得したアンケートを基に、働きがいについて分析、向上を目指しているという。今回はSmartHRの執行役員 兼 人事統括本部長(VP of Human Resources)である宮下竜蔵氏にお話を伺う。
人事戦略の変革 - 理想とする人材を言語化し、明確に
2024年7月に現職に就任した宮下氏だが、2023年11月のSmartHR入社直後から現在に至るまで、さまざまな変革の音頭をとってきた。
同氏がまず着目したのが、SmartHRの経営戦略だ。その理由は「人事戦略は経営戦略とリンクしていなければ意味がない」からだと言う。同社では「マルチプロダクト戦略の推進」と「新規事業の創出」を打ち出しており、これらを実現できる人材を採用、育成、登用していくのが人事戦略である。そこで、宮下氏はこれまで言語化されていなかった「企業成長のために必要な人材」の定義を以下の3つに定めた。
このような人材を輩出することを目的に、2027年までの人事戦略を策定。2024年~25年は「スケールアップ企業として活躍する人材の確保と環境の整備」と「再現性を持って急成長を持続させられるサステナブルな組織基盤の構築」を掲げている。
スケールアップ企業とは、スタートアップ企業の次のフェーズであり、「規模拡大」と「急成長」がキーワードだ。2013年に設立されたSmartHRは今まさにスケールアップ企業のフェーズにあり、社員数が大幅に増加する中で、多様な考えや働き方が社内に広まっている一方、今後さらなる成長をするためには、よりインパクトのある変革が必要なフェーズになっているという。
そこで宮下氏は、これまで部分的にしか行われていなかったタレントマネジメントを体系的に採り入れて、注力することを決定。その第一歩として、役職者層を集めた「タレント会議」でマネージャーに選出するにふさわしい人材をノミネートし、研修を実施する仕組みを整えた。狙いは、企業成長を促す人材を確保することだ。
一方、サステナブルな組織基盤の構築を戦略に掲げた背景には、「継続的に成長するための基盤を人事からつくっていこう」(宮下氏)という思いがある。その実現に大きく関わるのが、「働きがい」だ。
SmartHRが足し算で考える「働きがい」とは
SmartHRのコーポレートミッションは「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」である。宮下氏によると、このミッションは社外向けに掲げられたものだが、社内におけるwell-workingについてはこれまで言語化されていなかったそうだ。そこで同社では今年、自社のwell-working推進を決め、社内向けにwell-workingを言語化。「日々、成長実感と自己実現の機会があり、誇りを持って働くことができること」とした。このフレーズには同氏の「働きやすさだけでなく、働きがいもある環境をつくっていきたい」という思いが込められている。
では、働きがいとは何なのか。宮下氏は「働きがいは働きやすさとやりがいの足し算」だと話す。働きやすさとは“目に見える”ものであり、例えば、職場環境や福利厚生、給与、就業規則などを指す。同氏はこれを「衛生要因であり、マズローの欲求5段階説で言えば、生理的欲求、安全欲求にあたる」と説明する。
一方で、やりがいは“目に見えにくい”ものであり、例えば、仕事の内容や自己実現、達成感などを指す。これは「動機付け要因であり、(欲求5段階説では)社会的欲求や承認欲求、自己実現欲求となる」そうだ。この2つを共に高めることこそが、「働きがいにつながる」と同氏は言う。
ここにもう1つ、SmartHRならではの考えが加わる。それが文化だ。通常、企業カルチャーはやりがいにカウントされることが多いそうだが、同社の場合は文化を働きやすさの指標にも入れている。
「弊社の文化は、オープン・フラット・遊び心です。また、大切にしていることはスピードと、『コト』に向き合う本質主義になります。これらも強化しながら、働きがいを高めていきたいと考えています」(宮下氏)
やりがいゼロでも働きやすければOK?
働きがいが働きやすさとやりがいの足し算だとすると、働きやすさ100点、やりがい100点で合計200点の人と、働きやすさ200点、やりがい0点で合計200点の人、働きやすさ0点、やりがい200点で合計200点の人は皆同じ“200点”だ。極論、働きやすさとやりがいのどちらかが0点でも、働きがいは成立するのだろうか。宮下氏は「成立し得る」としつつも、「それでは長く続かないのではないか」と指摘する。
「ポイントは継続的に働きがいを感じられるかという点にあります。働きやすさだけ、やりがいだけでは続いていかないため、バランスとしては100点、100点がちょうど良いのではないでしょうか」(宮下氏)
“SmartHR流”従業員サーベイの活用方法
SmartHRでは働きがいの計測のために、毎月従業員サーベイを実施している。10数項目のレギュラー設問があり、回答を人事部門で集計。各部門の結果をマネージャーに共有し、改善策を話し合う会議が開かれる。これに加えて、定期的に登場する準レギュラー設問もあり、働きがいや働きやすさの向上につなげているそうだ。
同氏がこのサーベイで特に重視しているのが、「心と身体の健康に問題がないか」と「メイン評価者は信頼できるか」「メイン評価者との1on1は役立っているか」という項目だ。後者の2つは、上司とメンバーとの関係性を知ることができるため、重視しているという。
「従業員サーベイのポイントは調査し続けること」だと話す同氏だが、継続していく上で課題もあるという。例えば、定点観測のためのレギュラー設問とはいえ、毎月同じアンケート項目で良いのかという懸念はその一つだ。これについては解消に向け、早速、アンケートを取ること自体が目的となってはいないか、そもそも何のためのアンケートなのかを再考し、アンケートの頻度や回答対象者・設問項目などについて検討するプロジェクトがスタートしている。
働きがいを高めるために組織に何ができるのか
宮下氏に、働きがいを高めるために組織として取り組むべきことを聞いてみた。返ってきた答えは「ベースは働く環境を整えること」、そして「どんな場面で、やりがいを高められるのかを考えること」だ。
同氏によると、人は日々の業務や、上司や周囲と関わるときにやりがいを感じるという。つまり、やりがいは日々のフィードバックから得られるものだ。だが、フィードバックにも注意点がある。
「言う方と受け取る方が共通言語や共通感情を持っていないと、フィードバックはうまく伝わりません」(宮下氏)
そこでSmartHRでは5月から全社員を対象に、フィードバック研修を実施している。受講した役員層や役職者層からは「フィードバックの仕方を知らなかった」「厳しいことを言うのに不安があったが、これを学ぶことによって的確に伝えられるようになる」といった声があったという。
「日々の業務でのコミュニケーションがスムーズに進むことが、働きがいの向上につながります」(宮下氏)
逆に、働きがいを高めるために組織としてやってはいけないことはあるのだろうか。この問いに対し同氏は、ストーリーのない働きがいの強制や、やみくもに「がんばれ」と応援することを挙げた。どちらもかえって、従業員をしらけさせてしまうものだという。
大切な人にも働いてもらいたい会社を目指す
SmartHRは、2027年に「戦略人事と言えば、SmartHR」と日本社会でベンチマークされる企業の1つになることや、2030年に社内外のwell-workingを実現することなど、複数のビジョンを掲げている。宮下氏はそれらを示しつつ、「一個人で言うと、子どもを入社させたい会社No.1になっていたい」と述べた。
「身近な大切な人にも入ってもらいたいと思える会社を目指します。そう言える会社は、皆に働きがいがあり、自分の仕事に誇りを持っている状態です。もちろん現在もそう思ってくれている人が多いとは思いますが、さらに増えていくよう、これからも人事をがんばっていきます」(宮下氏)