WOWOW社長・山本均「WOWOWは単なる放送・配信事業者とは違うポジションを築く」

「人間は本質的に人がやっているものに感動する。これがエンターテインメントの本質だと思います」─。こう語るのは4月にWOWOW初のプロパー社長として就任した山本均氏。映像業界は巨額な資本をもつグローバル企業が押し寄せ競争が激化する中、WOWOWはコンテンツ力に磨きをかけて放送・配信以外の体験価値を高めるサービスにも注力。「世界で活躍する日本人の選手やアーティストたちを大事にし、日本のエンターテインメントの振興・発展に寄与していきたい」と話す。競争が激しい業界で、事業形態をどう変化させていくのか? 今後について抱負を語る。

社長就任の抱負

 ─ 山本さんは4月から初のプロパー社長として就任されました。社長として9代目ですが、テレビ・配信業界においても転換期を迎えている中で、今後の抱負を聞かせてくれませんか。

 山本 はい。正直嬉しいというよりも緊張感とプレッシャーの方が大きいです。5年連続加入者が純減しているという厳しい状況下であることと、WOWOW史上で初めてのプロパー社長なので大変喜ばしいことでもあるのですが、逆にプロパー社長になって会社が駄目になったというわけにもいきません。

 次のプロパー社長に引き継ぐためにも、なんとしてでも会社を再び成長軌道に戻すという重大な役割と責任を感じています。

 わたしは開局した1991年より前からWOWOWにいます。それこそ佐久間曻二さん、和崎信哉さん、田中晃さんという三代の社長に、非常に近いポストで仕事をしてきたものですから、いろいろな意味で鍛えられてきました。自分がプロパーとして社長になるということは社員たちからしても初めてのことです。

 どうやって山本はこの会社を今後運営していくのかというのを、期待半分、不安半分で見ているのではないかなと。ですから当然浮かれている場合ではなく、どうやってこの会社をまた元気な会社にしていくかを常に考えています。

 ─ 現状WOWOWの強さはどういう点だと思いますか。

 山本 WOWOWというのは、自分たちの価値というものを買っていただくというビジネスだと思うんですね。もともとスタートした時期は、いわゆる地上波の中に衛星放送という世界が出てきました。しかしタダでいいコンテンツが見られるのに有料コンテンツなんてなかなか難しいよ、というような話もよく言われていました。

 それでもわれわれはお金を払ってでも見る価値があるものをお届けするんだということで、ハリウッドの映画を揃えたり、ボクシングやテニス、音楽、演劇等を含めて、高画質、高音質で届けるのだということで、地上波とは違うポジションで戦ってきたわけですよね。その後、多チャンネルの時代になって競争が厳しくなってくる中で、われわれはオリジナル企画を立ち上げるべきではないかと。

 ─ 例えばどういったものですか。

 山本 編成部にいた頃、アメリカのHBOを徹底的に研究していたんです。HBOというのはいわゆるケーブルテレビに番組を供給する会社で映画などを卸していたのですが、それだけではなくて、モハメド・アリのボクシングの試合やオリジナルドラマを始めたことでHBOは急成長するんです。

 そのころスポーツはWOWOWも手がけていたのですが、単に番組を買ってきて流すだけでなく、自分たちでつくったオリジナルドラマを差別化の武器としようということでわたしがプロジェクトリーダーになって「ドラマW」を立ち上げました。

 ─ ドラマ作りで独自のポジションを取っていったと。

 山本 はい。ちょうどテレビもハイビジョンにもなり進化していく中で、質の高いオリジナルドラマをお届けするのだと。

 しかし、2015年以降現在は、過去から築いてきたいろいろな優位性が、グローバルのOTT事業者(Netflix、Amazon、DAZNなど)が現れたことによって、状況が一変してしまいました。昔でいえばWOWOWがハリウッドのメジャーと契約して、ノーカット、ノーCMで、高画質で映画をお届けすれば、地上波の映画放送とは差別化ができていたんですね。

 ところが、今や映画はグローバル配信事業者に何万本とあって、いつでも自分の好きなものが見られる。そうするとWOWOWの主力商品であった映画では、もう差別化できないという時代になってしまいましたし、スポーツは配信事業者が現れたことによって放送権料が一気に高くなってしまって、放送局がスポーツに手を出しにくくなってしまった。

 どんどん時代が変わってくるなかで戦う武器を変えていかないといけませんし、お客さんにWOWOWにお金を払おうという価値を感じてもらうために、もう一度独自の価値、ポジションを見つめ直してもっと磨いていかないと、存在意義がなくなってしまいます。

スポーツの生放送にも注力

 山本 それからスポーツも要だと思っています。スポーツが大好きな人にとって、「やっぱりWOWOWで見るのがいいよね」といわれるような見せ方とか、そういうところでWOWOWの33年間養ってきた能力を発揮していくことが大事かと。ですからテニスやゴルフ、ボクシング、サッカーなどスポーツコンテンツは大事にしていきたいです。

 ─ スポーツは権利化が進み、よりビジネス的になってきていますね。

 山本 ええ。値段がかなり高騰しています。日本だけを考えるともうそろそろ限界ではないかなと。これ以上上がってくると日本国内は人口が減ってきていますし、円安でさらにコスト高になっているので、今までどおり権利者側が強くて買う側はどんどんつり上げられてしまう時代は頭打ちで、これからはある程度の金額以上になったら日本ではやらないという時代に突入していくかと思います。

 そういう中で、われわれとしてはいかにきちんと権利元と交渉してWOWOWで放送する価値を伝えて、放送権を獲得していくかということは変わらないのですけれど、ただ、全世界でグローバル企業は巨額な投資をして権利を押さえにくるので、そことはもう土俵が違うと思っています。

 ─ そういう競争下で今後どう戦っていきますか。

 山本 スポーツを放送しなくなってしまうと、そのスポーツ人気が日本では広まらないということにもなるので、権利元もただ単にお金だけを見ている訳ではないと思います。放送するのであれば、スポーツの普及やファンづくり、そのスポーツの人気向上に協力してほしいという意味合いもあると思うんです。

 現在テニスでいえば、例えば四大大会があった時に、放送では放送していないコートの試合を配信で流しています。権利元からするとWOWOWはすごいボリュームでテニスをやってくれているということが信頼になってくると思いますし、そういった信頼関係はもちろん重要であると考えています。

 それからゴルフでいえば渋野日向子選手であり、テニスでいえば錦織圭選手が人気ですから、日本の選手がグローバルで活躍する姿を見たいという需要はとても大きいと思うんですね。

 ─ そういったところへタッチしていきたいと。

 山本 ええ。日本の選手がグローバルで活躍する姿を日本の視聴者にお届けするというのは重要な役割だと思っています。

 オンデマンドは「いつでも、どこでも見られる」という時間と場所の壁がありません。何曜何時に映画を見ようではなくて、自分の好きなときに観ることができますから、唯一生で観る価値がいまだにあるのはスポーツ。結果がわかってから見たら面白くないので生で観たいというのが、スポーツの一番の醍醐味だと思うので、そういう意味でメディアとの相性がいいので、だからこそ今スポーツの権利の奪い合いになっていると思います。配信事業者も最初は映画やドラマだったのが、次第にスポーツに手を出してくるというのは同じ理由ではないかなと。

映像だけではない新しい付加価値サービスを

 ─ 若者のテレビ離れということが言われますが。

 山本 はい。ですからそこにどうアプローチしていくかです。例えばオンデマンドの世界で商品を多様化していて、サッカーパックやWOWSPOは20代、30代の若い世代が買うんです。

 その世代はテレビでWOWOWに加入しないけど配信だったら買うということであれば、われわれ側がお客さんに合わせて商品を変えていかないと。

 ─ そうすると従来の事業形態が変わっていきますか。

 山本 そうですね。変えていかないといけません。テレビだけでやってきたモデルを配信とテレビの両軸にしていき、さらに商品も1商品から多様化することによって、お客様が求めるものに合わせていく。若者がよく観ているABEMAなどのプラットフォームに出すことによって、より買いやすくすると。

 ─ このコンテンツの強さを武器に、今後海外市場はどう考えていきますか。

 山本 基本的に今の放送サービスは当然衛星放送も国内限定ですので国内でしかビジネスはできません。海外展開として可能性があるのは、WOWOWがつくったオリジナルコンテンツを、海外のプラットフォームに売るということがひとつあると思います。

 今回、「ばいばい、アース」というアニメをソニーさんとクランチロールさんと共同制作して、クランチロールを通じて海外配信しています。それからアメリカのMaxという会社と共同制作した「TOKYO VICE」という国際共同制作ドラマを一緒につくって、WOWOWはその日本の国内の権利を持つと。いわゆる海外のそういう制作会社と国際共同制作というのも、これからどんどんやっていきたいなと思っています。実はこういったことは地上波さんでは当たり前のようにやっていますので、そういう可能性をわれわれも追い求めていかないといけない。

イベントやIPビジネスも

 ─ グローバルとも連携していくということですね。

 山本 ええ。あとは、スポーツや音楽を放送しているだけではなくてそれにまつわるイベントをやっています。例えばテニスでいえば四大大会で販売している公式グッズをうちが販売したり、エンターテインメント関連では、ファンの皆さんに映像コンテンツ以外の商品を提供して、ビジネスの収益拡大を図っていくというのも大事です。

 これを多層的展開と名付けていますが、例えばATEEZ(エイティーズ)とxikers(サイカース)という韓国の人気グループの日本国内での権利を取得しました。それはコンサートの興行権やコンサート会場で販売するグッズとか、ファンミーティングなどの権利を持って、日本国内でいわゆるIPを使ったビジネス展開をしていくと。

 ─ 映像以外の価値も高めていくということですね。

 山本 そうですね。例えばWOWOWオリジナルでテニスの試合を見にいくツアーを組んで、観客が入れない一部の選手専用エリアが見られるという付加価値をつけるだとか。

 大好きなものにはお金を払いたいという方たちに、エンターテインメントをより深く楽しんでもらうために、映像だけでない付加価値の高いサービスを手がけていきたいですね。

 体験したり、応援したり、参加できるようなリアルな体験や、グッズが手に入るとか、WOWOWに入っていると特別な体験できるという複層的なサービスがなければ、独自のポジションは築けません。

 ─ イベント立案能力が非常に求められますね。

 山本 はい。エンターテインメントの本質はやはり人間がやっていることだと思うんです。

 スポーツでいえばアスリートだし、音楽でいえばアーティストだし、ドラマでいえば役者さんで監督やクリエーターたちです。その人たちとファンを結びつける役割を果たしたいと思っています。

 人間は本質的に人がやっているものに感動すると思うんですね。AIとかロボットがやっているスポーツは観ないじゃないですか。AI同士の囲碁を観ても面白くないですよね(笑)。

 やはり人が起こす奇跡みたいなものを応援したいとか、感動したいとか、一緒に時を過ごしたいとか、グッズが欲しいというそういったお客さんのニーズに応えていく。人を大事にするということがWOWOWが独自のポジションを築くための重要な鍵になってくると思います。

 それからグローバル化の中では逆に、WOWOWは日本というローカルをすごく大事にしたいと思っています。

 野田秀樹さんの演劇や三谷幸喜さんの舞台など東京でしか見られないものを全国で見られるようにすることは、日本の文化を育てることに繋がります。日本から生まれたスターを世界にも紹介したいと思っています。アスリートやアーティストたちを大事にして、世界へデビューもさせたいし、生で見られない人に放送で届けるとか、そういう日本のエンターテインメントの振興、発展に寄与するというのが、うちの重要な存在意義ではないかなと考えています。