米宇宙企業スペースXは2024年8月4日、巨大宇宙船「スターシップ」に使うために開発中の新型ロケットエンジン「ラプター3」を公開した。

従来のエンジンに比べ、設計の見直しや最新鋭の3Dプリンターの使用などにより、推力向上や軽量化を実現したという。

人類の火星移住を目指す同社にとって、ラプター3はその実現を左右する鍵となる。

  • ラプター3の燃焼試験の様子

    ラプター3の燃焼試験の様子 (C) SpaceX/Gwynne Shotwell

スターシップとラプター

スターシップ(Starship)は、スペースXが開発中の宇宙輸送システムで、全長121.3m、直径9m、打ち上げ時の質量5000tで、地球を回る軌道へ100t以上の打ち上げ能力を目指す、人類史上最大、最強のロケット、宇宙船である。

スターシップは、第1段の「スーパー・ヘヴィ(Super Heavy)」ブースターと、第2段の「スターシップ」宇宙船の、2つの段階から構成されている。また、機体すべてを再使用することができ、飛行機のように運用することで、劇的な打ち上げコストの低減と打ち上げ頻度の向上を狙う。

こうした特徴により、スペースXは、人工衛星を一度に大量に打ち上げたり、有人月探査を実現したりといった目標のほか、人類の火星移住を実現することも目指している。

  • スペースXが開発中の巨大宇宙船「スターシップ」

    スペースXが開発中の巨大宇宙船「スターシップ」 (C) SpaceX

その実現を左右する最大の鍵となるのが、スーパー・ヘヴィとスターシップの両方に装備されるロケットエンジンの「ラプター(Raptor)」である。

ラプターの特徴のひとつは、燃料に液化メタンを使用しているところにある。メタンは、他のロケット燃料、たとえばケロシンよりも高い性能が得られるとともに、液体水素より低コストであるため、開発や運用がしやすいという利点がある。

また、爆発などの危険性が低いため、運用性や安全性が高く、さらにススが発生しないためエンジンの再使用もしやすいといった特徴ももつ。

さらに、火星で現地調達することもできるため、火星移住を目指すスペースXにとって、うってつけの燃料である。

そして、ラプターのもうひとつの特徴が、エンジンを動かす仕組みに「フルフロー二段燃焼サイクル(Full-flow staged combustion)」と呼ばれる方法を採用している点にある。

この仕組みは、複雑で開発のハードルが高い分、高い効率を得ることができる。また、安全性も高く、再使用にも向いている。

フルフロー・サイクルのエンジンは、これまで実用化されたことはなく、ラプターが史上初の例となる。その難しさ、そのうえでさらなる高性能を狙ったこともあり、燃焼室が溶けるなどの問題が起き、開発は難航したものの、現在ではほぼ手懐けることに成功している。

スペースXはまた、これまでのロケットや宇宙船の開発と同じく、最初から完成品を目指すのではなく、段階的に改良を重ねて、徐々に完成度や性能を高めていくというやり方を、ラプターの開発でも採用している。

まず、2019年に初期型の「ラプター1」が完成し、2023年には改良型の「ラプター2」が完成した。また、これらのエンジンを組み込んだスターシップの試験機が、これまでに4回打ち上げられている。

ラプター3

  • ラプター・エンジンの遍歴

    ラプター・エンジンの遍歴。左から、ラプター1、2、3 (C) SpaceX

そして現在、スペースXはさらなる改良型となる「ラプター3」を開発している。

従来のエンジンと比べたとき、最も目に付くのは、そのシンプルさである。他のロケットエンジンは、エンジンの外側をさまざまな配管やケーブルが這い回っている。しかし、ラプター3ではそうした部品がほとんどなく、きわめてすっきりした外見になっている。

そのシンプルさは、これまでに開発されたあらゆるロケットエンジンの中でも群を抜いている。実際、スペースXのライバル企業であるユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)のCEOで、ロケット・エンジニアでもあるトリー・ブルーノ氏も、X(旧Twitter)で「たしかにシンプルだが、すべての部品が取り付けられていないのではないか」と、誤解したポストをしていた。すなわち、専門家ですら、未完成のエンジンと見誤ってしまうほどの常識外れの出来であることがわかる。

スペースXのイーロン・マスクCEOによると、ラプター3ではエンジンの簡素化を図ったうえに、外部に露出している部品に再生冷却(推進剤を利用した液冷)機能を追加したという。さらに、世界で最も先進的な金属用3Dプリンターを使い、推進剤やガスなどの流路を、エンジン内部に入れ込むことにも成功したと語る。

その結果、ラプター3には耐熱シールドや消火システムが不要になり、その分軽量化できたばかりか、部品数が少なくなったことで造りやすくもなったという。

また、ラプター2の1基あたりの質量は1630kgだったところ、ラプター3では1525kgになり、さらに関連するハードウェアすべてを含めた質量も、ラプター2では2875kgだったものが、1720kgにまで軽量化できたという。スターシップではラプターを合計39基、「スターシップ3」と呼ばれる改良型では50基超を装備するため、トータルでは大幅な軽量化になる。

さらに、推力の向上も果たし、ラプター2では230tfだったところ、ラプター3では280tfにまで増加するとしている。

  • シンプルな外観が特徴のラプター3

    シンプルな外観が特徴のラプター3 (C) SpaceX

  • ラプター1、2、3の比較

    ラプター1、2、3の比較 (スペースXが公表している資料を元に筆者作成)

スターシップはこれまでの飛行試験の中で、スーパー・ヘヴィとスターシップ宇宙船の分離部分の構造が強化されるなどし、当初の見積もりよりも質量が増えており、打ち上げ能力が低下している。前述のように、スターシップは100t以上のペイロードを地球低軌道へ打ち上げられる性能を目指しているが、現在のスターシップは約50tしかない。

そこで、大幅な軽量化と性能向上を図ったラプター3を使うことで、打ち上げ能力を回復させるとともに、打ち上げ能力をさらに向上させたスターシップ3の実現につなげたい考えだ。

スペースXはまた、8月9日には、ラプター3の燃焼試験を行ったことを発表している(実際の試験日は不明)。

その一方で、スターシップの5度目の飛行試験ミッション「IFT-5」に向けた準備も進んでおり、早ければ8月中にも実施したいとしている。同機には旧型のラプター2が装備されるが、スーパー・ヘヴィを地上のロボットアームで捕まえて回収する試みなど、いくつかの重要な試験が計画されている。

  • 飛行試験に向けて試験中のスターシップのスーパー・ヘヴィ・ブースター

    飛行試験に向けて試験中のスターシップのスーパー・ヘヴィ・ブースター (C) SpaceX

【参考文献】

SpaceX(@SpaceX)さん / X
Elon Musk(@elonmusk)さん / X
SpaceX - Starship