京都大学(京大)は8月16日、国内の成人600名を対象に1年間のインターネット調査を2回実施し、“懐かしい記憶”を思い出した時に、ポジティブ/ネガティブな感情の感じやすさの個人差が、「世代性」や「統合」とどのように関係するのかを検証した結果、ポジティブ傾向性の高さ、およびネガティブ傾向性の低さは、統合の高さを予測することが判明したと発表。さらに、懐かしさの機能とされる、社会的結びつき・自己の時間的連続性・人生の意味・自己の明確化との関連を解析した結果、懐かしさのポジティブ傾向性が高い人は社会的つながりを強く感じ、統合が高まっていることが示されたことを併せて報告した。

  • 今回の研究成果の概要

    今回の研究成果の概要(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 教育学研究科の楠見孝教授、同・豊島彩研究員(現・島根大学 人間科学部 講師)の研究チームによるもの。詳細は、老化と高齢者に関する心理学と社会的研究を扱う学術誌「The International Journal of Aging and Human Development」に掲載された。

「アイデンティティ(自己同一性)」という用語の生みの親として知られる、20世紀の米国の心理学者であるエリク・ホーンブルガー・エリクソン博士。同博士による「発達課題理論」では、人生は8つの段階に分けられ、各段階における発達課題が設定されている。第7段階の壮年期(40~64歳)で設定されているのが世代性で、第8段階の老年期(65歳~)では統合だ。これらは高齢期の幸福感と正の相関があり、発達課題の達成は高齢期の心理的適応に関連すると考えられている。

なお世代性とは「次世代を確立し導くことへの関心」とされ、壮年期は若い世代を育成することに興味関心が高まる年代とされている。そして老年期では、個人が自分の人生を振り返り、満足感や後悔を感じることがある。過去を受け入れ現在と統合できると、人生の意味を見出し、知恵を感じることができるが、そうでない場合は絶望を感じるとされる。

一方、懐かしさの感情に関する研究では、高齢になるほど、過去の懐かしい記憶を思い出した時にポジティブな感情を伴いやすくなることが報告されている。懐かしい記憶の中には思い出すと悲しい気持ちになるものもあるが、高齢になるほどネガティブ感情を伴う傾向も弱くなるとされている。懐かしさの感情には、社会的な結びつきや人生の意味を感じさせるといった心理的機能があり、それらが発達課題の達成に影響を与えていることが考えられるという。そこで研究チームは今回、懐かしさのポジティブ傾向性の高さ、またはネガティブ傾向性の低さは、その後の発達課題(世代性・統合)の達成度を高めるという仮説を検証したとする。

今回の研究では、国内に居住する成人600名を対象にインターネット調査が2回実施され、1回目の調査の状態が、1年後に実施された2回目の調査の状態に及ぼす影響についての解析が行われた。その際、1回目の心理状態や年齢、性別といった交絡要因の影響が加味され、因果的な影響を検証する手法が用いられた。

解析の結果、1回目の調査時のポジティブ傾向性の高さ、およびネガティブ傾向性の低さは、2回目の調査の統合の高さを予測することが確かめられたとのこと。さらに、懐かしさの機能とされる、社会的結びつき・自己の時間的連続性・人生の意味・自己の明確化との関連を解析した結果、懐かしさのポジティブ傾向性は4つの機能すべてと関連が見られたが、統合に影響を与えていたのは社会的つながりだったとする。加えて、懐かしい記憶を思い出す時、ポジティブ感情が高まる傾向は社会的繋がりを強く感じさせ、その結果、統合が高まることが示されたとし、また懐かしさのネガティブ傾向性の低さも社会的つながりの感じやすさと関連しており、同様の効果が確認されたとした。

世代性については、1回目の調査時の世代性が2回目の調査の懐かしさのポジティブ傾向性の高さとネガティブ傾向性の低さを予測しており、仮説とは逆の結果が得られたとのことだ。

高齢者を対象とした心理療法の中には、懐かしさの感情による心理的効果を用いた「回想法」がある。今回の研究の成果は、回想法の仕組みの理解を深めることに貢献することが期待されるという。さらに、今回の研究では高齢者以外の若い世代でも同様の傾向が確認されたため、回想法によるアプローチが高齢期以外の世代にも広まる可能性が示されているとする。

研究チームによると、壮年期の発達課題である世代性について、因果関係の方向が想定と逆の結果となったことは、今回の研究結果からは直接解釈できないが、世代性が高くなると、過去の懐かしい思い出をよりポジティブに捉えるようになることも考えられるという。そして今後、なぜこのような結果が得られたのか、質的な調査もしながらさらに踏み込んでいきたいとしている。