近年、生産性の向上や人材流出の阻止といった効果を視野に入れ、従業員満足度の向上に取り組む企業が増えている。職場環境を整備したり、福利厚生を充実させたりとその方法はさまざまだ。確かに、従業員満足度の高まりによってエンゲージメントが向上すれば、自社に対する貢献意欲にもつながるだろう。

こうした動きの中で、社員の「誇り」を重視するのがヤマハ発動機である。同社は、経営理念の一つに「仕事をする自分に誇りがもてる企業風土の実現」を掲げ、その具現化に向けて邁進してきた。だが、外部の調査会社に委託した年に一度の社員意識調査では、社内に変化を起こしていくには不十分だったという。

そこで2020年、同社が導入したのが、クアルトリクスの従業員エクスペリエンス管理プラットフォーム「Qualtrics EmployeeXM」だ。プラットフォームの導入は、同社に何をもたらしたのか。ヤマハ発動機 人事総務本部 人事戦略部長 牧野敬一朗氏にお話を伺った。

  • 牧野敬一朗氏

    ヤマハ発動機 人事総務本部 人事戦略部長 牧野敬一朗氏

企業風土の醸成に向けた取り組みと、課題

――企業風土として重視する部分は企業によってさまざまですが、ヤマハ発動機が「仕事をする自分に誇りがもてる」環境を重視するのはなぜでしょうか。

牧野氏:もともと、自由闊達な風土の中でいろいろな製品や事業をつくってきたという背景があります。いわばチャレンジの歴史ですね。そうしたチャレンジをしていく上で、社員が働きがいを感じ、誇りを持つことで仕事の質をより高めていけると考えています。

――実際に、誇りを持てる環境づくりに向けてどんな施策を実施されているのでしょうか。

牧野氏:1990年代から年に一度、外部の調査会社に「社員意識調査」を依頼して課題を洗い出し、職場単位で改善に取り組むという活動はしていました。また、ここ数年の取り組みで言えば、当社の創立記念日にあたる7月1日と、同じルーツを持ち、楽器関連の製品やサービスを主な事業とするヤマハの設立記念日にあたる10月12日を「Yamaha Day(ヤマハデー)」として社内外に向けたイベントを開催しています。

当社はさまざまな事業を展開しているので、どうしてもほかの部門が何をやっているのかが分かりづらいところがあります。そこで、Yamaha Dayでは社員同士、お互いがつくっている製品を知り、ヤマハブランドへの誇りや会社に対する帰属意識をさらに高めてもらうことも目的の一つとしています。

――そうした取り組みの結果を意識調査で確認する流れですね。

牧野氏:はい。外部からの調査結果は部門単位でフィードバックレポートのようなかたちで提供されていました。ただ、人事制度や職場環境などについてさまざまな調査項目があったのですが、「あなたの部門はこの項目が強いです」「弱いです」というのはよく分かるものの、どうすれば改善につながるのかが非常に分かりづらいのがネックでした。

また、部門単位のレポートだったので部長に対してフィードバックしていたのですが、メンバーに共有する人としない人がいたりして、実際に改善アクションを起こしていく上で使いづらいところがありました。

ツールに求めた「2つのポイント」

――そうした課題の解決に向けて動き出したのはいつ頃、どんなきっかけからですか?

牧野氏:2019年頃です。当時、「従業員のエンゲージメント」が注目され始めていて、海外では従業員エンゲージメント調査が当たり前のように行われていました。ちょうどその頃、当社のコーポレートフェローに「そういう調査をするなら、Qualtrics(EmployeeXM)というツールがあるから使ってみたら」と薦められたんです。

試しに使ってみて、良いと判断したのですぐに本格的な導入へと進みました。やると決めたら動くのは速い会社なので、そこからもう、2020年にはEmployeeXMを導入して調査をしようという話になっていましたね。

――導入を検討した際、何を要件とされましたか。

牧野氏:重視した点として、大きく2つありました。1つは、それまでは調査の実施からフィードバックまで約4カ月かかっていたので、このサイクルを早くしたいということ。もう1つは、結果を次のアクションに繋げやすいことです。

EmployeeXMはリアルタイムで調査結果が集計されるので、途中経過も見ようと思えば見られますが、社内には全ての回答が集まったところで展開しています。ちょうど先週末が今年のエンゲージメント調査の締切日だったので、今朝(水曜日)、調査結果をまとめたダッシュボードのリンクを展開したところです。

――かなりスピード感が変わりましたね。他に利点を感じている部分はありますか。

牧野氏:以前はPDFのレポートを配布していましたが、今は各事業部門の皆さんに見てほしい指標や項目などを組み込んだダッシュボードを人事戦略部が整備して、そちらを見てもらっています。もっと分析したい人はどんどん自分でやってみてください、というかたちで進められる自由度の高さは、良いところだと思っています。

導入時の懸念をいかに払拭したか

――外部に委託していたときと比べて、コスト面に変化はありましたか。

牧野氏:正直、少し上がってはいると思います。ただし今回、エンゲージメント調査だけではなく、これまで外部に委託したり、内製したりしていたほかの調査についても全てQualtricsに集約しました。厳密に計算しているわけではないですが、結果的にかけたコスト分は回収できていると思います。

また、ストレス度調査やコンプライアンス意識調査などを1つのツールに集約したことで、それぞれのデータの相関関係が見えてきました。これまでは、調査ごとに結果を分析して課題を洗い出したりしていたのですが、全ての調査を1つのツールで実施することで相関分析ができるようになったのは大きなメリットになっています。

――具体的には、どんな風に役に立っていますか。

牧野氏:これまではバラバラに行われていた各調査の結果を都度フィードバックして、部署ごとに改善アクションを求めていたのが、データが集約されたことで人事戦略部と各部署が連携しながら、どんなアクションから始めるべきか、優先順位付けして見せられるようになったのは大きいと思います。

――素早く導入を決断されましたが、懸念点はなかったのでしょうか。

牧野氏:これまでは各部門に調査結果のレポートを渡して、改善アクションをお願いしていたんですが、ツールの導入後は部門の下にあるグループや課に対して、改善アクションをお願いしようと思っていました。

しかし、受け手としては今までやってきていないことを急にやってくださいと言われるわけなので、「どうしたらよいのかわからない」という状態になるかなという点は大きな懸念でした。

――実際、いかがでしたか?

牧野氏:「(結果を)どう見ればいいんだ」「何からやればいいのか」という声はたくさんありましたね(笑)。「ダッシュボードが見づらい」といった声に対しては、どういったところが見づらいかという調査をして、コメントをもらって改善していくのと同時に、Qualtricsの方々にも見せ方のアドバイスをいただきました。

また、実際にどんなアクションをしていくかという部分については外部講師を招いて勉強会をしたりと、出てきた意見をしっかり聞いて一つ一つ改善しました。今はようやく、なじんできたかなというところです。

――そうした問い合わせ対応も含め、何人体制で運用されているんでしょうか。

牧野氏:のべ2人です。今は何とか乗り切っている状態ですが、会社全体のサポートをしっかりしていく上では、まだ少し人数が足りないなという認識はありますね。

社員の意識に起きた変化

――今、感じている変化や成果はありますか。

牧野氏:「社員の皆さんがエンゲージメント調査に対して興味を向けてくれるようになった」というのが、一番大きいですかね。(エンゲージメントを向上させるには)自分たちで取り組まないといけないんだという理解や認識が、少しずつですが広がってきているように感じます。

大企業だと変化が見えづらい部分がありますが、それでも過去5年を振り返ったときにエンゲージメントが上がっているというのは数値から分かるんですよね。何かアクションしたときにあまり効果が感じられないとモチベーションが下がってしまうので、少しでも良い変化があることが数値で分かるというのが重要なのではないかと思っています。

――今後の展望について教えてください。

牧野氏:少しずつ成果も出てきているので、これを地道に粘り強く継続するのが大事だと思っています。その中で、調査結果を自分ごと化するためにダッシュボードの見せ方や、アクションの質を上げるための分析の仕方については、まだまだ工夫を重ねていくことが必要です。

アイデアとしては、調査の頻度を上げるとか、調査を細切れにしてちょっとずつ聞くとか、いろいろ浮かんでいるものはあるんですが、あまりやりすぎても調査疲れしてしまうので、抜本的に何か変えるようなことは今のところ考えていません。

それぞれの部署に、調査結果を基に改善に向けたアクションプランを登録してもらっているのですが、そこに人事も加わって伴走したり、うまく行っている部署にヒアリングに行って得た情報を共有したりといったことに今年から注力しているところです。

Qualtricsさんは、ユーザーの声に耳を傾けて改善に取り組んでくれるので、これからもエンドユーザーの声を拾って、より使いやすいシステムにしてもらえるといいなと思っています。