日本の再生をどう図るか─。世界が分断・分裂する中で「日本は世界全体、アジア全体をつなぐ重要な役割」と日本の立ち位置を語るのは土居丈朗氏。その日本も転換期を迎え、人口減、少子高齢化という逆風の中でどう再生を図るかという課題を背負う。若い世代と熟年世代との間に価値観のひらきがあり、そうした分断・分裂の課題をどう克服していくか。「それは国というよりも民間の経営者に求められる役割」と土居氏は語り「若い世代にチャンスを与えて発展させることが必要」と強調。グローバル化が進む一方、世界各国では内向きの姿勢が目立つ。海外市場で上げた利益を国内にどう還元するか含めて企業の在り方を提言する。
少子化社会の中で企業はどう生き抜いていくか
─ 日本は今、人口減という非常に重い課題を背負っているわけですが、その中で企業はどう対応していくか、個人はどう生き抜くかということも含め国家ビジョンが求められています。この現状を土居さんはどのように捉えていますか。
土居 わたしはすごく悲観しているわけではないですね。このままいくと本当にまずいと思いますが、必ずしも日本に打開策がないわけではありません。ひと言でそれを言い表すと、若い人たちにもっと光を当てるということが大事になってくると思うんですね。
団塊ジュニア世代が生まれたのは1971年から75年頃までで、そこから人口がどんどん減ってきました。わたしはちょうど少子化フェーズに入る手前に生まれた人間です。
少子化フェーズに入る前の世代までは、人生の先輩の方が希少価値がありました。先輩よりも後輩の方が人数が多いので、野球に例えれば、先輩がレギュラーで後輩は球拾いをしろといって、俺らの背中を見て育てといった空気感があったわけです。しかしそれが逆転してしまい、今は後輩の方が希少価値があるという人口構造になっています。会社の中でも40代がたくさんいて20代は少ないという会社がたくさんあるのは当然です。ですから若い彼らの力を信じてあげないといけないですね。
─ 人口構造が変化したことを認識することからまず出発すべきだと。
土居 ええ。少子化対策を考えた時に20~30代に時間的余裕なり経済的余裕も与えてあげなければいけないと思います。社会全体でもゆとりを持たせる機運を高めないといきいきと働いていくことができません。
少子化の原因というのは働き方や賃金の問題とも密接に関わっていると言われているので、やはり企業がその局面打開の役に立つという立場にあります。政府も頑張らなければいけないですが、企業もそれと一体になって取り組んでいくことを通じて、いい循環をつくっていけると思っています。
そういう取り組みによって企業の生産性もさらに高まってくると。若い社員の人たちが頑張ってやる気を出して、この会社は居心地がいいと感じればそこで勤め続けるということもあるかもしれません。
─ 企業と従業員の関係が極めて大事だということですね。転職が当たり前の時代と言われる中で社員のエンゲージメントに注目が集まっていますね。
土居 はい。確かに転職サイクルが早いので、今の若い世代の人たちは昔みたいに最初に入社した会社に勤め上げるということはあまりしないかもしれなません。でも、別に勤め上げたくないとか、勤め上げるのは恥ずかしいとか、そういうことではないのです。彼らは単純に次のチャンスが与えられるならばその次のチャンスに懸けたいと思って転職するのだと。
ですから転職ではなく同じ会社の中に次のチャンスが与えられるならば、別にわざわざ転職する必要もないと中立的に思っていると思います。会社として若い人たちにチャンスを与えて発展させるということがこれからますます求められるのではないでしょうか。
─ そのためには企業の成長が非常に重要になってくると思います。日本全体で失われた30年からの脱皮という課題を抱えているわけですが、経済人はどのような問題意識が求められますか。
土居 わたしはむしろ若い世代の人たちの知恵を借りることを通じて打開というチャンスはあると思いますので、それをやっていくことだと思います。40~50代は経験が豊富だけども過去にとらわれるきらいが強いので、どうしても守りに入ってしまうということが起こり得るわけです。
─ 新領域の開拓だとかチャレンジすることが大事だと。
土居 ええ。一方若い世代は確かに年配の世代から見ると頼りなく、経験不足だとかというのはあるかもしれないけれども、そこは上手に上の世代がサポートしていけば良いのです。チャレンジングな取り組みをサポートしてむしろ高く評価し、それを会社のいろいろな展開につなげていくということをすれば、会社も発展するし社会も発展することに繋がってきます。
─ 若い世代の発想力や前向きな精神を活かすということですね。
土居 はい。今の40~50代の人も振り返ってみれば自分が20~30代の時はそうだったわけです。今も同様に20~30代の人たちは人生のライフステージを考えて、これから自分がどういう人間として生きていこうかと、悩みながらもいろいろチャレンジしているのです。
団塊ジュニア世代までは人数が増えていく局面にいたので、極端に言えば一人一人が個人主義的に頑張らなくても、同期や同じ世代みんなで頑張れば人数の力で大きくなるという面はありましたが、今はそうはいきません。
ですが、どんな時代であっても若い人が相対的にチャレンジ精神を持っているというのは間違いないと思います。そこの伸びしろを社会全体や会社全体として生かしていくということが大事なポイントだと思います。
円安が続く中で企業の在り方は
─ ところで、この失われた30年に企業は海外に進出していきました。海外展開した企業は円安も反映して業績が非常に良いですが、これからの企業経営の在り方はどう考えていけばいいですか。
土居 今の日本を一言でいえば、せっかく世界中で商売をして利益が上がっているのにそれを日本へ還元しないために、本社がじり貧になっているという状態です。一生懸命海外進出した割には主従逆転してしまっているのです。
確かに次なるビジネスチャンスは国内より外にあるのはそうかもしれませんが、日本本社にはグローバル展開を企画し見守っている人たちがいるわけですよね。そういう人たちが世界で儲けた恩恵を享受して、楽しんで生活できるような経営を進めていかないと本末転倒です。
─ 海外からの配当や利子などの所得収支は増えていますが、もっと海外の利益が国内に還元される必要があると。
土居 はい。海外でまだ伸びがあってお金がいくらでも足りないから再投資をするなら分かります。
どうしても再投資せざるを得ないという部分は仕方がないと思いますが、もう少し取り分を日本に持って帰ってくるということぐらいはしないと、あまりにも日本の中がじり貧になっている。この悪循環を断たないと、むしろ逆に海外に進出してきた子会社に親会社が乗っ取られるということもあり得ます。
─ 具体的には?
土居 例えばこれは日本にとっての成功例ではありますが、セブン-イレブンはもともと本家はアメリカですが、日本のセブン-イレブンがアメリカのセブン-イレブンを買収しました。やはり稼いだ分は日本に利益を還元しないと、まかり間違うと主従逆転してしまい、外国の子会社が親会社を乗っ取ってしまうということがあり得ます。ですからそこの経営判断はしっかりしていただかないといけないと思います。
賃上げと上手な価格転嫁を
─ 国と企業との関係を考えさせられる話ですね。そして今、物価上昇に賃金上昇が追い付いていなく節約志向で消費が鈍っているという状況もあります。これはどう考えればいいですか。
土居 最近ようやく日本は価格転嫁をどう行っていくかを正面から考えるようになってきました。むしろ転嫁するべきものは転嫁するべきだという機運になってきています。どういうかたちで上手に消費者から購買力を引き出し、消費者に還元し、価格転嫁するか、経営者はそこの判断に磨きをかけていかないといけないと考えます。
デフレの時代はむしろリストラをして経費削減し、価格を安くすることで売り上げを維持してきました。でも今は違うと。やはり今のところ先行して欧米企業の方が価格転嫁は上手で、日本の消費者からなぜこんなに値上げするのかと不満が出る位に海外ブランド製品は値上げを大きくしますが、それでもやはり買いたいから買うという。
そこまで傲慢にならなくてもいいと思いますが、そういう上手な価格転嫁ができるセンスを日本企業も見習っていかなければいけないと思います。
─ 逆に言うと値上げしても消費者が買いたいという気持ちを起こさせる商品づくりが大事だということですね。
土居 はい。そこに賃上げの原資もちゃんと織り交ぜて社員のやる気も士気もきちんと高めて、高付加価値の製品、商品を生み出していくという好循環につなげていくと。
今までは価格転嫁のリスクを取っていなかったわけですね。値上げをすると売上は減るという短絡的な発想でしたが、今は違います。値上げしても売上が落ちないというやり方があってそれは上手に価格転嫁できたということです。それをきちんと次なる賃上げや再投資の原資に当てて、値上げしても企業は成長するという道をどうやって見つけていくかにかかっていると思います。
世界での日本の役割
─ 今後EUやアジア諸国、ASEANは非常に良いパートナーにはなり得ますね。
土居 はい。特にこれからアジアはまだ人口が増え続ける地域ですので、そうすると経済が成長していきますからアジアの存在感は世界で高まるということだと思います。
先進国は日本も含めてあまり人口が増えず減っていきます。インドも含めたアジアが、これから成長をするというのは世界共通の認識でもあります。彼らを上手にわれわれの仲間として迎え入れて、彼らの成長の果実を共に享受しながら共に栄えるかたちで発展していく道を日本は求めていくべきです。
今までも戦後の長い歴史の中で、アジア諸国とは非常に友好的な関係を築き上げてきています。先進国との間の関係を上手に取り持ちながら、共に経済成長の果実を享受していくという道を目指すべきで、日本がそこの全体の場をつなぐ非常に重要な役割を地理的にも担っているんだと思いますね。G7の中の唯一アジアの国ですから。
─ 日本の役割があるということですね。今後の日本の道筋、ビジョンはどう描いていけば良いのでしょうか。
土居 今のままだと、どうしても世代間の価値観の違いや、認識の世代間ギャップは結構存在していますので、なかなか相互でコンセンサスをつくるのが難しい気がしているんです。
だから年配の世代の人たちが経験や立場にものを言わせて、若い人たちに対してこれからはこういう社会こそが望まれる社会なんだと言っても響かない。
かといって今の若い世代20~30代の人たちが率先して、あなたたちはさっさと引退してもらってわれわれがこっちの方向でこの国をつくっていくぞ、というほどの勢いもない。明治維新の時の幕末の志士たちが年配の幕藩体制の殿様を追っ払って新政府をつくったような、そういう感じはありません。だから非常に変な拮抗状態に陥っているなと。
願わくは世代を超えて価値観を共有できる枠組みをつくり、社会全体で認識の共有が必要です。それはむしろ政府が音頭を取るというよりかは、例えば民間の経営者の方々が世代を超えて認識を共有できる場をつくって、それでコンセンサスをつくっていくというようなことがあってもいいと思います。
だけど私の見立ては、今の若い世代は同世代で何か同じ共通認識を持っているという感じはあまりありません。
─ 価値観も含めてばらばらだと。
土居 ばらばらです。いい意味でも悪い意味でも個人主義的になっているので、社会全体として理想的な社会に向かってその一員として自分も何か協力できればと考えている人もいるけど、考えていない人は全く考えていないという印象です。別に社会がどうなろうと自分はちゃんと生きていける。その基盤を自分でつくりますからという感じです。
ですから上から押し付けるのでもなく、ボトムアップでもなく、むしろ対等な立場で世代を超えていろいろ議論しながら、大体ここが最大公約数だろうとつくりあげていくものなのかなというのが私の考えです。
─ ともかく対話、議論が大事だということですね。
土居 ええ。そのためにはまず、日本社会全体での危機感共有というのは大事なんですね。今のままではじり貧で皆が幸せになれないという危機感の共有が当然必要だと考えます。