金沢大学(金大)は8月2日、ヒトの脳にある言語を司る2つの主要な領域のうち、上側頭回後方(側頭葉の後方)にある「後方言語野(ウェルニッケ領域)」について、失われた機能を別の脳領域が代償する「機能シフト」の特徴を明らかにしたと発表した。

同成果は、金大 医薬保健研究域 医学系の中田光俊教授、同・医薬保健研究域 保健学系の中嶋理帆助教、順天堂大学 医学部 生理学第一講座の小西清貴教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトの脳マッピングに関する全般を扱う学術誌「Human Brain Mapping」に掲載された。

脳は領域ごとに機能の担当が決まっており、運動、感覚、視覚、言語など、それぞれ領域が異なり、「機能局在」と呼ばれている。機能局在が急激な病変に侵された場合、当然ながら機能障害が生じてしまうが、機能局在に病変がゆっくりと進行した場合、脳は自らの機能を守るため、脳機能を本来の機能局在から移動させることがある。これは、脳の可塑性(神経回路を再編成する性質)のメカニズムの1つであり、機能シフトと呼ばれる。しかし、機能シフトの特徴についてはまだ不明な点が多いという。

そこで研究チームは今回、左大脳半球の脳腫瘍症例を対象として、ウェルニッケ領域の機能シフトの特徴を、「覚醒下手術所見」と「安静時機能的MRI」という2種類の手法を用いて調べることにしたという。覚醒下手術とは脳内病変に対する手術において、機能障害を起こさないようにするため、患者を覚醒させ、機能局在を手術中に調べながら行う手術方法のことである。また安静時機能的MRIとは、刺激や課題のない状態で脳活動を測定した際の信号の変動から、離れた脳領域間の神経活動の相関、つまり機能的な結合程度を推測することができるMRIのこと。

  • 覚醒下手術所見

    覚醒下手術所見。色が赤に近いほど、言語機能を多くの症例で認めたことが示されている。ウェルニッケ領域から病変が離れている症例群は、本来の言語領域に近い部分に言語機能が分布している(左)。一方、ウェルニッケ領域に病変が進展している症例群は、その後方(縁上回後方)にまで広く言語機能が分布している(右)(出所:プレスリリースPDF)

今回の研究では、ウェルニッケ領域に病変が及んでいる群と、ウェルニッケ領域から病変が離れている群の2群に分けて言語機能の分布が調べられ、話す、聞く、書く、読むの4機能で構成されるヒトの言語機能については、今回話す機能について調べられた。

調査の結果、ウェルニッケ領域に病変が進展すると、言語機能は、頭頂葉の下部(下頭頂小葉)に位置する領域である「縁上回」の後方に広がることが確認されたという。なお、縁上回後方は脳機能のハブ(複数の周辺領域と多くつながっているネットワーク拠点)であることは興味深いこととしている。ちなみに、ウェルニッケ領域に病変が進展している症例の言語機能は正常だったとした。以上のことは、病変がウェルニッケ領域に進展すると、脳のハブ領域が言語機能を代償することが示されているとする。

  • 今回の研究のまとめ

    今回の研究のまとめ(出所:プレスリリースPDF)

高次脳機能はヒトのみが持つ特異な脳機能であり、脳科学研究で主流の動物モデルを用いた研究での解明は困難だという。今回の研究における発見は、今後の脳科学研究の発展に大きく寄与することが期待されるとしている。