腱や靱帯を形づくるコラーゲン繊維と構造が似た細い糸状のコラーゲンマイクロファイバーを高速でつくる紡糸技術を、北海道大学などが開発した。糸状コラーゲンを束にすると健常な人の靱帯の2分の1から3分の1程度の硬さや丈夫さとなり、臨床応用できる十分な強度が得られた。スポーツ選手など多くの人が患い、体内の別部分の腱を自家移植するのが一般的だった膝前十字靱帯損傷の治療に人工腱として使える可能性が高いという。

  • alt

    開発した技術でつくった細い糸状のコラーゲン(左)と光学顕微鏡でみた拡大図(北海道大学提供)

筋肉と骨をつなぐ腱や骨と骨をつなぐ靱帯はコラーゲンからできている。人体と同様に線維が一方向に整列した似た構造を持つ細い糸状のコラーゲンを増産できれば、人工腱の材料となり得る。ただ、これまでの技術では、1時間で数十メートル程度つくるのにとどまり、実用化に結びついていなかった。

ゼラチン・コラーゲンペプチドを製造販売する新田ゼラチン(大阪府八尾市)の柚木俊二主席研究員(医工学)は、2022年4月~24年3月に北大の産学・地域協働推進機構の特任教授として細い糸状のコラーゲンを高速で生み出す紡糸技術の開発に取り組んだ。

まず長年研究されてきた、ノズルを通して紡糸用コラーゲン水溶液を凝固液とエタノール液を通してから繊維として巻き取る「湿式紡糸」を基に、水溶液を凝固液に通さなくてもエタノール液中で凝固するものに改良した。これにより、紡糸の行程を短縮し、凝固液内に含まれる薬剤を除去する手間も省ける。

次に、これまでの紡糸技術ではエタノール液中で凝固過程のコラーゲンを引っ張って伸ばす「延伸」を行う際に切れてしまう課題があった。延伸しやすいように成分を工夫したコラーゲン水溶液を独自開発し、エタノール液中に押し出すことで形成される糸状コラーゲンゲルを乾燥してマイクロファイバー化する過程で巻き取る速さを押し出す速さより高速にすることで、延伸を実現した。延伸の工程があることでコラーゲン線維が一方向に整列した内部構造を得た。

  • alt

    糸状のコラーゲンをつくる工程(左)と、糸状コラーゲンの電子顕微鏡像。縦方向の断面をみるとコラーゲン線維が一方向に整列した内部構造が見える(北海道大学提供)

具体的には、紡糸用コラーゲン水溶液を直径47マイクロメートル(1マイクロは1000分の1ミリ)でエタノール浴に押し出し、押し出すよりも4.4倍の速さで巻き取ることで延伸。紡糸速度は1時間に200メートルまで上がり、直径が10~20マイクロメートルの生体内コラーゲン繊維に近い22マイクロメートルの糸状コラーゲンが得られた。この結果、糸状コラーゲンの連続生産が可能になった。ただ、実際の靱帯や腱のコラーゲン繊維の断面が真円であるのとは違い、得られた糸状コラーゲンの断面は楕円形となった。延伸時にローラーから圧力を受けた影響とみられる。

  • alt

    糸状コラーゲンの横方向の断面図。真円ではなく楕円に近い形となった(北海道大学提供)

断面が楕円形の糸状コラーゲンが、医療現場で人工腱として使うことができるか調べるため、硬さを弾性率、丈夫さを破断強度で確認した。数百本を束にしたテスト人工腱をつくり、引っ張り試験を行うと、弾性率はヒトの膝前十字靱帯とくらべて約2分の1、破断強度は約3分の1となった。比較した膝前十字靱帯は健常なヒトのもので、手術で別の場所の腱を移植した直後は弾性率も破断強度も弱いことから、臨床応用にとっては十分な強度といえるという。また、束にする糸状コラーゲンの量を増やして太い束にすれば強度を上げることができる。

  • alt

    糸状コラーゲンを束にした人工腱とヒトの膝前十字靱帯(ヒトACL)との弾性率と破断強度比較。弾性率はヒトACLの2分の1ほど、破断強度は約3分の1を示した。(北海道大学提供)

今後は、細い糸状コラーゲンの断面を楕円形から真円にしたり、束の作り方を工夫したりするなど、実際の腱や靱帯に近づける開発も進める。その上で実用化に向けて、最短で5、6年の内に人への臨床試験を開始し、10年後に治験を行うことを目指している。

研究は、北海道大学と新田ゼラチンが共同で行った。成果は、生体材料の専門誌「バイオメディカル マテリアルズ」電子版に5月21日に公開され、北海道大学が7月4日にプレスリリースを出した。

関連記事

引っ張ると頑丈になる最強の高分子ゲルを開発 人工靭帯・関節に期待、東大グループ

腱の発達に運動が必要 遺伝子レベルで解明