九州大学(九大)は7月25日、原子核を構成する核子(陽子と中性子)の間に働く力のうち、3つの核子の間に働く相互作用である「3体核力」について、長らく未解明のままだったが、その詳細な仕組みを理論的に解き明かすことに成功したと発表した。

同成果は、九大 基幹教育院の福井徳朗助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、素粒子物理や原子核物理などを扱う学術誌「Physics Letters B」に掲載された。

  • 3体核力をキャッチボールで喩えた概念図

    3体核力をキャッチボールで喩えた概念図(出所:九大プレスリリースPDF)

原子核を構成する複数の核子は、2つの核子の間の相互作用である「2体核力」のみならず、3体核力や、より多くの核子の間の相互作用である「多体核力」を通して、原子核を原子核足らしめている。これまでの研究により、2体核力の性質はある程度理解が深まっているが、3体核力については多くの謎が残されていたという。特に、3体核力がどのように働いて原子核殻構造が発現・発達するのか、その詳細な仕組みは解明されていなかったとする。

3体核力の仕組みについて、解明に迫った先行研究は40年以上前にあるが、その研究では3体核力のある特定の性質にのみ注目したこと、そして当時は信頼できる核力理論が確立されていなかったことから、決定的な結論を導くことはできていなかったという。そこで研究チームは今回、先行研究では果たせなかった決定的な結論を導くことを目指すことにしたとする。

  • 3体核力の解剖図

    3体核力の解剖図。横方向は交換するパイ中間子の数で分類が行われ、それぞれがファインマン図(核子の運動を矢印、中間子を点線)で表現された。縦方向の分類は、3つの核子のスピンと軌道運動を、数学の「テンソルの階数」を用いて分類した。今回の研究により、2つのパイ中間子を交換する1階の3体核力が、殻構造の発達に本質的に重要な寄与を果たしていることが発見された(出所:九大プレスリリースPDF)

今回の研究で用いられたのが、先鋭的な核力理論の「キラル有効場理論」。自然界にある4つの力のうちの「強い相互作用」の基礎理論は量子色力学であるが、同理論はその低エネルギー有効理論と位置付けられており、2体核力だけでなく、多体核力をも整合して定義できる長所を持つ。

具体的には、交換するパイ中間子の数で3体核力を分類し、それぞれを3つの核子のスピン(核子自身を回転軸にした自転に似た運動)および軌道運動(核子自身以外の特定の回転軸を中心にした回転運動)の組み合わせによってさらに分解、3体核力の各要素のうち、どれが殻構造発達を引き起こしているのかを理論的に分析したとする。

この手法とスーパーコンピュータによる原子核シミュレーションの結果が、縦軸に炭素12原子核に陽子を1つ付加した時のエネルギーを百万電子ボルト(MeV)単位で表す形でグラフ化された。

  • 炭素12原子核に陽子1つを付加した時のエネルギーの計算結果

    炭素12原子核に陽子1つを付加した時のエネルギーの計算結果。2体核力のみでは、内殻と外殻の核子間のエネルギーの間隔が小さいため、殻構造が未発達。一方、1階の3体核力によってエネルギー間隔が約2.5倍に増大し殻構造が顕著になることが、今回の研究で解明された。また、1階の3体核力によるエネルギー間隔への寄与は、すべての階数の3体核力による寄与の約85%を占めている。発表された論文では、中性子のエネルギーや他の軽い核についても同様の結果が報告されているとした(出所:九大プレスリリースPDF)

陽子のエネルギーは量子力学の法則により、内殻に対応するエネルギーと外殻に対応するエネルギーの2つに分かれる。このエネルギー間隔の大きさが殻構造の発達を特徴付ける物理量の1つだという。3体核力を無視した計算結果はエネルギー間隔が小さく、2つの殻が際立っておらず殻構造が曖昧といえるとした。

しかし、2つのパイ中間子を交換する1階の3体核力によって、この間隔はおよそ2.5倍に増加。この時のエネルギー間隔は約7.5MeVであり、安定な原子核における典型的なエネルギー間隔と整合するという。エネルギー間隔が大きいことは、核子1つが励起するために必要なエネルギーが大きいことを意味するため、1階の3体核力は原子核を励起しにくくしているといえるとした。

また、すべての階数の3体核力を考慮して計算したエネルギー間隔は、およそ8.8MeVだった。そのことから、1階の3体核力によるエネルギー間隔への寄与は、すべての階数の3体核力による寄与のおよそ85%を占めていると結論づけることができるとした。

2つのパイ中間子を交換する1階の3体核力が重要であるという結論は、40年以上前の先行研究の主張と整合するという。しかし先行研究は、この3体核力の一要素の寄与のみを調べたものであり、相互作用の強さは曖昧なままだったとする。今回の研究はそれとは対照的であり、3体核力をより完全な形で扱って各要素の寄与を個別に分析し、そして先鋭的理論によって2つのパイ中間子交換による3体核力の強さが精密に定量化され、これらの点が先行研究との差異とした。

2つのパイ中間子を交換する1階の3体核力は、殻構造の起源のみならず、原子核の一般的性質に重要な寄与を果たしうることが考えられるとする。この3体核力は、3つの核子系のスピンと軌道運動にある特別な働きをする。具体的には、3核子系を構成する部分2核子系の反対称なスピン状態と対称なスピン状態を混合させる。類似する現象は物性物理において知られているが、この混合は2体核力では決して起こらないため、これまで原子核物理では注目されてこなかったという。また、スピン状態の混合とはつまり、スピン状態が区別できない量子もつれと等価とする。このような観点から、3体核力をきっかけに分野を超えた新たな研究が今後、期待されるとしている。