物質・材料研究機構(NIMS)とソフトバンクの両者は7月24日、高エネルギー密度「金属リチウム電池」の性能評価データに対し、機械学習手法を適用して寿命予測モデルを構築した結果、放電、充電、緩和プロセスから得られる情報を基に、特定の劣化機構を仮定しない、高精度な予測モデルの構築に成功したと共同で発表した。
同成果は、NIMS-SoftBank 先端技術開発センターのQianli Si NIMS ジュニア研究員、NIMS エネルギー・環境材料研究センター 電池材料分野 電気化学スマートラボチームの松田翔一チームリーダー、同・センター 界面電気化学グループの館山佳尚グループリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、多様な分野の基礎から応用までを扱う学際的な学術誌「Advanced Science」に掲載された。
金属リチウム電極は、現行のリチウムイオン電池(LIB)の負極材料として利用されている黒鉛電極に比べて、10倍以上の理論容量を有する。そのため、金属リチウム電極を用いた金属リチウム電池は、LIBよりも高い重量エネルギー密度(1kgあたりのエネルギー容量)を実現することが可能。
NIMS-SoftBank先端技術開発センターではこれまでの研究により、重量エネルギー密度300Wh/kg級の金属リチウム電池を作製し、200サイクル以上の安定な充放電を実現済みで、このような高い電池性能を有する金属リチウム電池の実用化には、そのサイクル寿命を正確に見積もる技術の開発が極めて重要になるという。特に、安全性の観点からは、電池の残存寿命を正確に把握する技術が求められている。しかし、金属リチウム電池の劣化機構は、従来のLIBよりも複雑であり、その詳細は未解明とする。そのため、金属リチウム電池の寿命予測は困難なのが現状だ。そこで研究チームは今回、機械学習手法を適用することにより、金属リチウム電池の寿命予測モデルの構築を試みることにしたという。
寿命予測モデルを開発する場合は、従来、物理ベースのモデルが広く採用されてきたとする。同手法では、電池内部の複雑な劣化機構を正確に把握した上で、適切なモデルの構築が行われる。しかし上述したように、金属リチウム電池の劣化機構はLIBと比べてはるかに複雑であるため、その機構を把握すること自体が困難とされている。
そこでもう1つのアプローチとして期待されるのが、機械学習を活用したデータ駆動型の方法。同手法では、多数の電池セルの充放電測定データに対して統計学的な解析を実施することにより、電池寿命の予測が行われる。このような機械学習を用いた電池寿命予測技術は、LIBを対象として、近年、盛んに研究開発が行われているというが、高エネルギー密度セルの開発が困難な金属リチウム電池に対しては、機械学習を用いた電池寿命予測技術の開発が進んでいなかったとする。
それに対して今回の研究では、これまで確立されてきた高い電池作製技術を用いて、金属リチウム負極とニッケル過剰系正極(NMC811)で構成される高エネルギー密度な金属リチウム電池(4cm×3cm、単層セル)を50セル以上作製。それらを用いて、充放電性能を評価することにしたという。
得られた一連の充放電データから、35種類の特徴量が抽出され、電池の寿命予測モデルを構築。今回取得された特徴量は、放電プロセス、充電プロセス、緩和プロセスのそれぞれに関連するものであり、大きく3つに分類することが可能だ。
それぞれの特徴量を用いて予測モデルが構築され、その予測精度を比較した結果、決定係数R2の値が大きいほど、高い予測精度を有するモデルであることがわかったとする。放電プロセスに関連する特徴量で構築された予測モデルが、R2=0.67と最も高く、充電、緩和プロセスに関連する特徴量で構築された予測モデルは、それぞれR2=0.39,0.28だったとした。以上の結果から、放電プロセスに関連する特徴量を採用することが、予測精度の高いモデルを構築するために効果的であることが示された形だ。
今回の成果は、高エネルギー密度金属リチウム電池を搭載したデバイス運用における安全性・信頼性の向上に大きく寄与するものだという。研究チームは今後、予測モデルの予測精度のさらなる向上や、モデルを活用した新規材料の開発を進めることで、高エネルギー密度金属リチウム電池の早期実用化に貢献するとしている。