産業技術総合研究所(産総研)は7月12日、生物に対して極めて毒性が強いことが知られる水銀を、専門的な知識などなしで、なおかつ現場で0.5ppbの微量であっても土壌中から検出する手法を開発したことを発表した。
同成果は、産総研 センシングシステム研究センター センサー情報実装研究チームの竹村謙信研究員、同・岩﨑渉主任研究員、坂本石灰工業所の共同研究チームによるもの。詳細は、ナノマテリアルに関する全般を扱う学術誌「Nanomaterials」に掲載された。
水銀は毒性が高く、土壌に関する環境基準値が0.5μg/L以下と厳しく定められている。しかし現在は、試料を現場から専門の検査センターなどに輸送し、大型の検査機器を用いて重金属類の分析を行う必要があり、検査が容易ではないことが課題となっていた。専門知識が不要で、現場で誰でも実施できるような検査方法を開発できれば、自主的に検査している多くの現場で安全確認に必要な時間を短縮でき、工期の短縮など負担の軽減につながるとする。また、水銀の安価な検査法が普及すれば、地下水を飲んでいる地域でも日々のモニタリングで飲料水の安全性を確かめることが可能になる。そこで研究チームは今回、電気化学的な反応から水銀の検出を行う技術の開発に取り組むことにしたという。
今回の研究では、高感度な電気化学測定が原理とされた。まず土壌内の成分を水に溶出させた土壌溶出液を作製し、そこに電極を差し込んで電圧をかけると、陰極側に水銀イオンを含む溶質が還元され、電極表面に吸着する。次に、電極に逆の正電圧をかけると、吸着物の酸化反応が起き、水溶液中に再びイオンとして放出されることで電流が流れる。この時、物質ごとに反応が起きやすい電圧が異なるという特徴を利用して、かける電圧を徐々に変化させながら電流を計測すると、それぞれの物質の反応(=物質の存在)を電流値のピークとして捉えられるという仕組みだ。
今回の測定法は装置を小型化しやすく、安価にしやすいことが大きな特徴だが、溶媒や電極の微小な差、夾雑物の有無で信号に影響が出てしまうほど外乱に弱いことが欠点だという。そこで、まず溶媒成分とpHを固定化することで、検体である土壌の溶出液から濾過により大きな粒を取り除くという最低限の前処理のみで濃度0.5ppbの微量な水銀検出を行えるようにしたとする。
また、夾雑物による影響を低減する独自のピーク検出法が開発された。計測データを数値的に処理することで、夾雑物による波形の変化を低減することができ、目的の水銀による電気化学反応の信号のみを捉えることに成功。なお、ここでは得られた計測データを二階微分することで、ノイズに埋もれやすいピーク信号を検出しやすくしているとした。
さらに、土壌検体から74個の溶出液が作製され、電気化学測定を繰り返すことで、土壌から生じる夾雑信号がデータ化された。その上で、土壌溶出液に水銀試薬を混合することで、水銀の影響がどのような形のピークとして二階微分後のデータに表れるのかが評価された。これにより、データ処理後の波形ピークの電圧と強度、半値幅と呼ばれるピークの太さの3つの特徴がパラメータ化され、各パラメータがある範囲に収まっていれば、水銀が含まれているといえることが判明。二階微分によるデータ処理と水銀ピークのパラメータ化の組み合わせにより確立された独自のデータ処理法によって信号が評価され、夾雑物が含まれる土や砂から作製された検体中からも微量な水銀ピークを検出することに成功したという。
なお、この手法は試料に0.5ppb以上の水銀が含まれているかどうかのみを評価するため、事前に検量線を作成する作業は不要だ。さらに、水銀が検出できなくなる限界の希釈濃度を確認できれば、そこから元の検体の水銀濃度を計算により求めることができるという。
また電極には、産総研で開発した、反応性が高い「金ナノ粒子修飾ホウ素ドープダイヤモンド電極」が用いられている(均一な作製方法も確立済み)。しかし、同電極の金ナノ粒子は、何度も水銀の測定をしていくと、一部が脱離してしまい、信号強度が低下するという課題があったとする。ところが今回の評価法は、電極の消耗による影響も低減できることも確認されたとした。実際に、消耗具合が異なる10本の同電極に対し同条件での水銀含有試料の測定が実施されたところ、電気化学測定のデータとしては電極状態に依存して信号強度の違いが大きく表れたが、データ処理後にはすべての条件で水銀の特徴的なピークを同じように取り出せたという。電極の消耗の影響を低減できるため、簡便なシステムとして実装でき、電極自体の繰り返し使用回数も増加させられるメリットもあるとした。
研究チームは現在、今回の開発技術を基礎とする簡易測定装置の試作に取り掛かっているという。さらに、建設現場で採取される掘削サンプルに含まれる添加剤の影響にも耐えられるような技術開発にも取り組んでおり、水銀をどのような条件・検体でも簡単に測定できる手法の確立を目指しているとした。