人口戦略会議議長・三村明夫の「まず、国民の危機意識共有から」

なぜ、今、若い世代が子供を産まなくなったのか─。気候変動、米中対立、ウクライナ戦争などによる将来不安に加え、国内では人口減、少子化・高齢化が続く。それが日本の国力低下を招くという悪循環。「これから生まれてくる世代に対して、ミゼラブルな日本を残していいのか」と危機意識を示すのは、『人口戦略会議』議長の三村明夫氏(日本商工会議所前会頭、日本製鉄名誉会長)。折しも、厚生労働省は6月5日、『人口動態統計』(2023年度)を発表。それによると、1人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は1.20と過去最低の数値。出生者数も72万人強と過去最低。この出生率・出生数の低下は社会保障制度などにも影響を及ぼす。『人口戦略会議』は”消滅可能性自治体”という言葉を使って、全国1729市区町村のうち、744の自治体が最終的に消滅する可能性があると指摘。三村氏は、出生率について、「これ以上人口が減らないのは2.07という水準。われわれとしては2060年までに2.07に達する最大限の努力をしようじゃないか」と中長期プランを提言。「危機感の共有が大事」とする三村氏の日本再生論とは─。

危機意識から『人口戦略会議』は出発

「このままの状況で進んでいけば、日本は相当深刻な、おそらく国際的に取るに足らない小国になってしまうでしょう。そんな日本を子供や孫に残していいんだろうか。それがわれわれの危機意識です」と民間人組織の人口戦略会議議長を務める三村明夫氏は語る。

 経済人、医療人、役人OB、学者、言論人と各界から危機意識を持つ有識者29人が集まり、2023年に同会議は発足。

 三村氏は1940年(昭和15年)11月生まれの83歳。新日本製鉄(現日本製鉄)社長、会長を務め、日本商工会議所(兼東京商工会議所)会頭を2013年(平成25年)から22年(令和元年)まで務めた。

 日本鉄鋼連盟会長、経団連副会長の他、中央教育審議会会長も務めるなど、幅広い領域で活動してきた。

 本拠の鉄鋼領域でも、業界再編の中を歩んできた。1963年(昭和38年)東京大学経済学部を卒業後、旧富士製鉄に入社。その7年後の1970年に旧富士製鉄は旧八幡製鉄と合併し、新日本製鉄として再出発。2003年から08年まで社長を務めた間、世界最大手の鉄鋼メーカー、アルセロール・ミタルから買収されるかもしれないという〝危機〟を迎えるが、国内の鉄鋼関連企業とソフトアライアンス戦略(研究開発、資本業務提携など)を結んで対処。ミタル社からのM&A(合併・買収)を防いだ。

 日本企業の99%を占める中堅・中小企業の経済団体である日本商工会議所のトップを2013年から務めた9年間にも、グローバル競争をどう生き抜くかという課題を背負ってきた。

 今の日本には、国力の低下が切実な問題として降りかかっている。この現状を招いた者の1人として、三村氏は次のような責任感を示す。

「これから生まれてくる子供、われわれの孫が70歳になって、彼らが誰かに養ってもらう段になって、ミゼラブル(悲惨)な日本を残して、われわれはいいんだろうか。これが危機意識です」

 どのような日本の将来を残すかについて、三村氏は「われわれ1人ひとりに責任があると、こういう風に思わなければいけない。他人事ではいけない。自分には責任はないと思うこともできますが、わたしにはとってもできない」という心情を明かす。

明治維新、敗戦からの復興を経て、日本再生の今…

 現在日本は国力低下が目立つ。明治維新(1868)以来、156年という時間軸で、日本の立ち位置の変化を見ると─。

 日本は明治の開国期、欧米の姿を見て、危機意識から、近代化・新しい国づくりに着手。敗戦を経験し紆余曲折を経て、GDP(国内総生産)で世界第2位にのぼりつめた。しかし、2010年に中国に抜かれ3位となり、昨2023年にはドイツに抜かれ4位に転落。

 1人当たりGDPでは34位と、生産性の低い国となり、それは最近の〝円安〟という為替相場にも表れている。

 1人当たりGDPでは、先進7カ国(G7)の中で最下位。33位はカリブ海に浮かぶバハマ、35位は韓国というポジションだ。

 明治維新時は、欧米列強が鎖国・日本に開国を迫り、下手をすれば欧米の植民地になる─という危機感が日本国内にあった。経済力、軍事力で劣る日本が欧米の植民地にならなかったのは、下級武士に至るまでの危機感が強かったからである。欧米からの圧力に対抗するために、倒幕して藩をなくし、維新政府という新秩序を打ち立てた。

 1945年(昭和20年)の敗戦から復興できたのは、文字通り焦土と化した中から、「何としてでも日本を復興させなければ」という危機意識が国民1人ひとりにあったからだ。

 そして日本は、1966年(昭和41年)にフランスを、67年にイギリスをGDPで追い越し、68年に西ドイツ(現ドイツ)を抜いて、米国に次ぐ自由世界2位の経済大国にのし上がった。

 しかし今は、グローバル世界における日本の存在感は著しく低下し、日本のGDPが世界に占める比率は、1994年に約18%あったのが、今や4%台にまで低落。米ニューヨークで起業した20代の若手経営者は、「日本の存在感は低いと感じています」と率直に述べる。

 こうした状況になっている背景には、日本の人口減、少子化・高齢化という流れがある。

レジリエンスのある日本にするには?

 今は、コロナ禍は落ち着きを見せているが、異常気象や自然災害など、いろいろな危機が押し寄せる。そうした危機を乗り切るためには、どのような国づくりを進めるべきか。

 実は、三村氏は国全体のレジリエンス(耐性)を高めるための『ニューレジリエンスフォーラム』会長も務める。

 コロナ禍などの感染症や自然災害に強い日本を創ろう─ということで、『国民の命と生活を守る武道館1万人集会』が5月30日、東京九段下の日本武道館で開かれた。

 明治以降、感染症や大きな地震や台風などの自然災害は「20年に1回の割合で起きている」と三村氏は次のように語る。

「明治以降の約160年間に、3000人以上の死傷者が出た災害はパンデミック(コレラやコロナ禍などの感染症)も含めて8回も起きています」

 問題なのは、そうした大災害や非常事態が起きた時に、根本的な対応策が取れるような態勢が、今の日本はできていないこと。

「そういう大災害が起きた時に、もし国会が開いていない場合はどう対応するか。そこで憲法に緊急事態条項を付けておくことで、国会が休会中でも、非常事態として、様々な施策を取ることができる。そういう意味で憲法改正も大事な論点になってくる」

 憲法改正問題は、9条の問題(戦争放棄、交戦権)も絡み、国論が割れて微妙な政治問題となっているが、緊急事態条項問題は、国民の生命、財産に関わる大切なテーマ。

 こうした国の政策の根源に触れる問題が、今の国会では議論されずにきている。そして、『武道館1万人集会』を、一部を除いて大手メディアが報じていないのが現状だ。

 そうした日本の現状に危機感を持つ国民は少なくない。

 最先端のテクノロジーがわれわれの生活に革新をもたらしている今、他国からサイバー攻撃を受けた場合、どう備えるかといった課題も深刻。昨年7月名古屋港のコンテナ管理システムがサイバー攻撃を受け、コンテナの搬出入が停止する事態が発生したことは記憶に新しい。

 危機感の共有─。これが、明治維新以降〝3度目の危機〟に立つわが国の今日的課題である。

 では次に、本題の『人口戦略』問題に入ろう。

若い世代はなぜ、子供を産まなくなったのか?

 若い世代はなぜ、子供を産まないのか─。若い世代の中で、結婚もせず、〝個の生活〟を選ぶ人たちが増えているという。また、結婚しても、子供を産まないペアも増加。

 なぜ、そうなっているのか?

『将来への不安』だとか、『非正規労働で年収200万円、300万円で、とても子供を産む余裕がない』といった声が挙がる。

 ウクライナ戦争、イスラエルとイスラム軍事組織ハマスとの戦争や各地の紛争を見ても、将来への不安が広がる要因・要素が今のグローバル世界には存在する。流動的で不安定な中を、どうやって生き抜くかという課題である。

「なぜ、子供を産まないのか。このまま行ったら、どういう日本になるのか。その日本をわれわれとして容認できるのか、あるいは絶対避けなければいけないのか。避けるとしたら、どういう手立てを取ったらいいのか。そういう危機感をみんなが共有するところからスタートしないといけない」と三村氏。

出生率は1.20%と過去最低の数字に衝撃

 折しも、厚生労働省は『人口動態統計』を発表(6月5日)。それによると、1人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は1.20%と過去最低を更新。

 また、1年間に生まれた子供の数(出生率)も72万7277人(前年比4万3482人減)で過去最少。出生率と出生数は共に8年連続のマイナスだ。

 筆者は1947年(昭和22年)生まれで、いわゆる『団塊の世代』(1947年から49年に生まれた世代)に属する。年に約250万人から280万人生まれた『団塊の世代』から見れば、今の出生率が7、8割も減少した事実に驚かされる。

 また、首都・東京の出生率が初めて1を割り込み、0.99になったという事実にも衝撃が走る。

 地方から若い世代が集まり、人口動態はプラスにもかかわらず、東京の出生率、出生数が減少するのはなぜか?

 将来への不安、経済不安の影が若い世代に広がり、子供を産む意欲を失わせているという見方が強い。

 こうした人口動態は社会保障(年金、医療、介護)全般や経済活動に大きな影響を及ぼす。

「人口が減り、少子化や高齢化が進むことで、日本はどんな社会になるのか。これについて、政府も誰も何も言わない。人口予測は出されるが」と三村氏の危機意識もますます高まる。

現役世代の反発

 どういう日本をつくるのか─。その将来ビジョンを、「まず政府がつくり、国民に示すべき」というのが三村氏の考え。

 今のまま進めば、どんな世界が待っているのか?

「例えば社会保障制度。2100年に生産年齢人口(15歳から64歳まで)が全体の50%。高齢化率が40%と見通されており、およそ1人の生産年齢人口が1人の高齢者を養うことになる。それが本当にできるのか? 絶対にできない」と三村氏。

 1人の高齢者を現役世代何人で支えているのかを見ると、1990年は1対5.1であった。つまり、現役世代5.1人で1人の高齢者を支えるという構図で、まだ余裕があった。

 それが2010年には1対2.6になり、2025年には1対1.8と現役世代の負担はさらに重くなる。2060年には1対1.2と、ほぼ1人の現役世代で1人の高齢者の面倒をみる時代に入ってくる。

 自分の子供を育てる余裕がなく子供を産まなくなっている時に、さらに高齢者の負担を強いられることへの〝反発〟が現役世代から出てくることは、容易に想像できる。

消滅可能性都市の出現

 人口戦略会議は4月にまとめた報告書の中で、『消滅可能性自治体』の存在を指摘。また、地方から人が集まる東京都でも16の自治体で出生率が低く、他地域からの人口流入に依存していることから、これを『ブラックホール型自治体』と分類し、話題を呼んだ。

『消滅可能性自治体』とはサステイナブル(持続可能)ではないということ。これは、出産の中心世代である20歳から39歳の女性が2050年までに50%以上減少する自治体はサステイナブルではないという定義で命名される。

 そうした定義で見ると、全国1729市区町村のうち、744の自治体が消滅する可能性があると同会議は判断。東北地方は165自治体、北海道は117の自治体が消滅する可能性があると診断されている。関東は91自治体、関西は93自治体、九州は76自治体と指摘され、〝東高西低〟の傾向が見られる。

 この消滅可能性自治体という言葉は、10年前の日本創成会議(座長・増田寛也氏、総務省出身、元岩手県知事、現日本郵政社長)で初めて使われた。増田氏はその後、人口戦略会議発足に携わり、現在は副議長を務める。

 日本創成会議が10年前に示した消滅可能性自治体は896あった。その時と比べ、今回、人口戦略会議が出した数(744)は減っている。

 危機意識を持って、人口減対策、少子化対策に手を打つ自治体も出てきており、北海道旭川市や愛媛県今治市など、全国で計239の自治体が消滅可能性自治体から〝脱却〟している。

 島根県隠岐島の海士町や、島内の空港を〝子宝空港〟という愛称で呼び、子育て支援に乗り出した鹿児島県の徳之島町などがそうだ。自助努力も大事。

「危機感が出てきましたね」と三村氏も独自の子育て支援や働く親たちへの支援策を取る自治体が増えていることを歓迎。

 一方、今回の報告書は、10年前と比べて、239の自治体が消滅可能性自治体から外れ、替わりに新たに約100の自治体が消滅可能性自治体に加わったということでもある。

東京・世田谷、目黒区などは『ブラックホール型自治体』に

 東京など首都圏と地方との格差が言われて久しい。東京は地方から人々を集め、地方は過疎化が進むという流れは変わらないが、東京都内でも消滅の危機があるとして、『ブラックホール型自治体』という表現を使っている。

 出生率は低いのに、人口自体は増加し、その増加分を他地域からの人口流入に依存している自治体のことをそう呼ぶ。宇宙空間にある天体で、重力が非常に強いため周囲の星を吸い込むブラックホールになぞらえて多少の皮肉を込めた命名だ。

 東京都内でいえば、豊島区や世田谷区、目黒区などの16区、首都圏ではほかに千葉県浦安市、関西では大阪市や京都市など25の自治体がブラックホール型自治体になっている。

「ブラックホール型自治体についても、他の所から人を集めているけれども、結局、自分の所の出生率が下がっているのでは、日本全体の出生率を下げる問題につながっている。そうした自治体にも対策を採っていただきたい」と三村氏。

日本の生産性をどう向上させるか

 人口減少は、今後の日本経済に相当深刻な影響を与える。だとすれば、われわれはどう動いていくべきなのか─。

「好ましいのは、これ以上人口が減らない出生率は、数字で言えば2.07ですから、われわれとしては2060年までに2.07に達する最大限の努力をしようじゃないかと」と三村氏は訴え、次のように続ける。

「それでも老人の数は多いし、生まれてくる人よりも亡くなる人の数は多いので、しばらくは人口減が続くのだけれども、2100年にはちょうど均衡点に達する。この時の人口が8000万人という数字なんです。もちろん他の計算の仕方もある。2040年までに出生率2.07に達することができれば、2100年の総人口は9000万人になる。だけど、それはとても難しい」

 2100年に8000万人の総人口を確保する─。これを人口戦略会議は『定常化戦略』と呼ぶ。できるだけ人口減少のスピードを抑えて、「2060年までにこれ以上下がらないレベルまでにする」という戦略。

「人口を増やすなんてことは、とてもできない。人口減対策は人口を増やすことだと誤解している人がいるけれども、そんなことはできない。どのレベルで安定化させることができるか。そういう観点で、われわれは(総人口)8000万人という目標を置いたんです」

 そして生産性の向上である。経済成長率・潜在成長率といった経済が成長する力は次の3つの掛け算で得られる。

 資本蓄積×労働人口×全要素生産性という掛け算である。

 資本蓄積で言えば、日本はその蓄積が〝失われた30年〟の間は少なかったということ。GDPに占める民間の設備投資比率は17%(2023年度)になっているが、それまでは、「12%か、せいぜい14%しかなかった」(三村氏)。

 日本のGDPで最大なのは『個人消費』で51%を占める(ちなみに米国は60%)。この個人消費は、〝人口×1人当たり消費額〟で得られる。人口が減れば、個人消費の数値も減るし、市場は縮小に向かう。市場が縮小すれば、企業の国内投資が減るという形で、国内の資本蓄積も減るという悪循環が続いた。

 そして人口減による労働力人口の低減。女性の労働参加、高齢者の就業人口増は今後、そう期待できないということで、人口減少、労働力人口減少にどう対応するかという課題。

 そして、トータルに生産性をどう引き上げるかという課題。「マーケットが縮小し、人手が不足する中で、人を惹きつけられる企業、産業が生き残る。残念ながら、企業の数は今のままではいかず、相当程度減らさざるを得ない」として、企業経営者にも危機感と覚悟が求められる。

「個々の企業は一生懸命に頑張らなければいけない。新しい時代が来たと思って懸命になって、自己変革をしなければいけない」という三村氏の認識。

 DXを推し進め、生成AIを駆使しながら生産性向上を実行する時。

「ええ、これを強靭化戦略とわれわれは言っていますが、人口減少のスピードを抑える定常化戦略と、強靭化戦略を同時に進めることで、2100年までに総人口8000万人の安定した状況をつくり上げる。これを政府に提案しています」

 今は人口が減少し、経済が停滞し、さまざまな問題が生じている。そうした中でも、経済人はリスクを取り、新しい事業価値を生み出し、雇用を創出していかなくてはならない。では、もう一方の政治の役割は何か?

「コストの分配、もしくは痛みの分配。これをやるのが政治の役割」と三村氏は語り、続ける。

「課題は認識され、解決策は明示され、すばらしい論文はできている。しかし、痛みの分配はやらない。従って、課題解決は先延ばしになる。これの繰り返しでやってきた。これが日本の現状ですよね。それもこれも危機意識の共有がなかったから、こういうことになった」

 こうした現象は世界共通のものとして見られるが、「かと言って、このまま放っておくわけにはいかない」という三村氏の危機意識である。実行の時だ。