ソフトウェアベンダーの類に漏れず、SAPも急ピッチで生成AI戦略を進めている。同社の強みは膨大なビジネスに関するデータ、そして欧州企業ならではの倫理・セキュリティ。

今年6月にスペイン・バルセロナで開催した年次イベント「SAP Sapphire Barcelona」で、SAPで欧州担当AI責任者を務めるJesper Schleimann氏に、同社の生成AI戦略について聞いた。

  • SAP 欧州担当AI責任者 Jesper Schleimann氏

SAPの独自AI「ビジネスAI」の今

SAPは自社のAIを「ビジネスAI」と呼んでいます。SAPのAIの取り組みについて教えてください。

現在のAIは第3世代であり、生成AIが中心。われわれはそれ以前の第2世代から取り組んでおり、機械学習アルゴリズムの導入を進めてきた。現在、約110のシナリオを利用できる。

生成AIの素晴らしさは言うまでもない。しかし、企業がAIを利用するにあたって問題がある。問題とは、説明可能、セキュリティ、倫理などだが、中でも大きな問題がビジネスの文脈が欠けていることを挙げたい。

AIモデルはインターネットなど一般的な情報でトレーニングされているからだ。製品、顧客、取引で使う用語などを知らないことが多く、例えば、帳簿の話をしているときに出てくる数字は自社の会計に関するものと理解していない。ビジネスとAIの間にあるコンテキストが重要であり、ここを確実にするのがビジネスAIだ。

そこで、中核となるAIモデルを開発するエコシステムを構築し、SAPの顧客がビジネスAIを最大限活用できるようにする。生産性、品質、スピードの改善につながるツールを構築し、組み込んでもしくは単独で提供する。これに、コパイロットの「Joule」が加わる。

われわれはすでに、50近くの生成AI関連のソリューション、ユースケースを提供している。2024年だけでユースケース、ソリューションを100にするロードマップを持ち、開発を進めている。Amazon Bedrock、Google Gemini、OpenAI GPT、このイベントではMistralのサポートも発表した。

SAPの独自基盤モデルの狙い、計画は

SAPは独自の基盤モデルを構築していると公言しています。その狙いや計画の詳細を教えてください。

基盤モデルはまだ開発中で、あまり話せることはない。現在、どのぐらいのことが可能なのか、ビジネスのコンテキストの理解をさらに高いレベルにするにはどうすれば良いのかなどに取り組んでいる。ソフトウェアを起動させるだけで、AIをトレーニングすることなく、多くの価値が得られるような“ゼロショット学習”を顧客に提供したいと考えている。

テキストドキュメントにおけるグラウンディングやRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)、それにHANAデータベースとHANA Cloudを組み合わせて、テーブルデータ、計算、数学的最適化モデル、機械学習などを1つのモデルに統合することができれば、もっと単純にモデルを導入して、ビジネス上の質問に答えることができる。

個人的には、(基盤モデルだけでなく)AI Agentに期待している。AI AgentとはLLMの上に構築するアプリで、次の大きな波になると予想している。

自動車の進化に例えるなら、電気自動車にGPSがつき、リアルタイムで行き先を知らせてくれるのが生成AIとすれば、AI Agentは正確にタスクを定義することで、その通りにこなすエージェントであり、ハンズフリーの運転となる。

しかし、完全な自動化は行えず、まだ人がコントロールしている状態だ。だが、定義されたタスクは人間より正確に何が起こっているのかを把握する。退屈で面倒なことをAI Agentに任せることで、人はより重要なことに集中できる。

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SAPのAI Agentに対する取り組みとは

AI Agentをユーザーが構築することも考えられるのでしょうか? RPAとの関係は?

ユーザーがAI Agentを構築するというステップはまだ先の話で、まずはSAPが構築する。

RPAとの関係だが、AI Agentは破壊的な技術と予想している。

SAPのプロセスマイニングであるSignavioでは、自動化すべきプロセスはどこか、どうやって最適化するのかなどにおいてAIを活用している。そして、別の方向としてJouleがある。Jouleでは話し言葉で操作ができる。

RPAは人がプロセスを定義する必要があるが、これからは成果が主導となる。つまり、自分が望む成果を伝えると、モデルが正しい成果に導いてくれる。ある意味、これこそがユーザー志向であり、人間に寄り添ったインタラクションだ。

JouleとMicrosoft Copilotを統合

JouleとMicrosoft Copilotの統合を発表しました。同様に、他のベンダーのコパイロットとも相互運用を可能にしていく計画は?

動きが早い業界なので将来のことはわからない。

話せることとして、Microsoftとの競合は自然なことと言える。Microsoftは個人の生産性向上を、われわれはビジネスの生産性向上を目指しているからだ。過去のMicrosoftとの提携がそうであるように、両方を使っているユーザーは多く、需要があると見ている。

Jouleの目下の優先課題は、2024年中によくあるタスクの80%をカバーすること。ますはここを進める。

生成AI時代のSAPのERPの差別化のポイントは?

組み込み型、グラウンディング、セキュリティの3つがある。

組み込み型では、SAPは世界最大の業務アプリケーションポートフォリオを持つ。ユーザーがアプリケーションを開くと、AIが自然な形で組み込まれており、意識することなく使うことができる。そして、そのAIは業務のコンテキストを理解している。

グラウンディングでは、SAPがビジネスを理解していると言うこと。AIではスケールとデータが重要になる。ビジネスの実行とビジネスプロセスに関して、最も一貫性のあるデータを持っている。販売、顧客、採用、サプライチェーンなど、ビジネスプロセスとビジネストランザクションに関する膨大なビジネスデータを保有しており、これを強みとなる。

セキュリティでは、欧州を中心に安全で責任あるAIの重要性が高まるだろう。責任あるAIでなければ、ユーザーはネガティブな体験をし、AIから遠ざかる可能性がある。ヨーロッパ企業であるSAPは、責任あるAIをアーキテクチャの中核に組み込んでいる。これは単なるオンラインポリシーではなく、SAPのアーキテクチャに組み込まれているため、エンドユーザーとの信頼を築きAIの利用を促進できる。