名古屋大学(名大)は7月2日、約5万種類の食品成分化合物と約4800種類のヒトタンパク質の間の相互作用を探索し、疾患に関与するタンパク質群の制御を考慮できる食品の機能性を網羅的に予測する新しい機械学習手法を開発、876種類の食品が有する新しい機能性や、その作用メカニズムの推定に成功したと発表した。

同成果は、名大大学院 情報学研究科の山西芳裕教授、九州工業大学大学院 情報工学府の三枝奈々子大学院生、同・大学大学院 情報工学府の柴田友和研究員、ハウス食品グループ本社の共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する化学情報科学と分子モデリングに関する全般を扱う学術誌「Journal of Chemical Information and Modeling」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:名大プレスリリースPDF)

日本を筆頭に、先進国では高齢化が進んでおり、医療費の増大が大きな社会問題となっている。原因の1つには健康寿命と平均寿命の乖離があり、その解決には健康維持に対する日常的な取り組みが重要だ。食品は日々摂取するものであり、また食品に含まれる成分化合物には生体を調整するものが数多くある。このことから、食品を選択的に摂取することは疾病予防だけでなく、平均寿命の延伸にもつながると考えられるとする。しかし、ほとんどの食品の健康効果やその作用メカニズムはよくわかっていないのが現状。そこで研究チームは今回、生命医薬ビッグデータを用いて、食品の機能性を網羅的に予測する機械学習手法の開発を試みることにしたという。

今回の研究ではまず、食品成分化合物とヒトタンパク質の相互作用が、生命医薬ビッグデータを機械学習で解析することにより導かれた。次に、食品成分の化合物の構造情報を用いて、食品が作用するタンパク質群の推定が行われ、最後に、疾患に関与するタンパク質群の制御を考慮することで食品の機能性の予測が行われた。

  • 食品成分化合物とタンパク質の相互作用を機械学習により推論し、網羅的に食品機能性を予測する計算手法の概要

    食品成分化合物とタンパク質の相互作用を機械学習により推論し、網羅的に食品機能性を予測する計算手法の概要(出所:名大プレスリリースPDF)

今回開発された手法が876種類の食品に適用され、食品と健康との関連性の大規模な予測を実施。導き出された食品と機能性の組み合わせには、過去の実験的手法によって関連性が認められているものも多く含まれており、今回の手法があらゆる食品の機能性について探索できることが確認されたという。

  • 広範な食品と機能性の関連性解析

    広範な食品と機能性の関連性解析。(a)876種類の食品と機能性の関連性を示す。横軸が関連すると予測された疾患、縦軸は食品、カラーバーは食品と疾患の関連性スコアを表す。関連性スコアをもとにクラスタリングを実施した結果、4×5ブロックに分割された。(b)2Dブロックの拡大図(出所:名大プレスリリースPDF)

食品には、経験則的に古くから知られている機能性があるものが多い。しかし、それにも関わらず、どのように生体内で作用しているのか、そのメカニズムが不明なものが非常に数多く存在するという。そこで、食品がどのようなメカニズムで機能するのかを探索するため、食品成分化合物およびヒトタンパク質を介した食品機能性の階層的なネットワークが描かれた。たとえば、グレープフルーツは34種類の成分化合物から14のヒトタンパク質を介して4種類の疾患と関連していることがわかるという。

  • グレープフルーツが有する機能性の基礎となる推定作用メカニズム

    グレープフルーツが有する機能性の基礎となる推定作用メカニズム。青色の四角は食品、黄色の円は食品成分化合物、橙色の菱形は治療標的タンパク質、緑色の三角は疾患を示す。青色の線は食品と成分化合物との関連、橙色の線は予測された成分化合物とヒトタンパク質、緑色の線はヒトタンパク質と疾患との関係が示されている。このネットワーク構造から、グレープフルーツに含まれる34種類の成分化合物が14種類のヒトタンパク質に相互作用し、4種類の疾患に関連していることが推定された(出所:名大プレスリリースPDF)

アルツハイマー病の重要な病理学的特徴の1つに脳の「老人斑」の形成があり、それは主にタンパク質「アミロイドβ」で構成されていることが知られ、同タンパク質が蓄積すると、認知機能の低下に関わると考えられている。タンパク質「APP」は、アミロイドβの形成に関わる前駆体であり、今回の研究成果から、「フェルラ酸」などがAPPと相互作用することが予測された。過去の研究により、アルツハイマー病モデルマウスにフェルラ酸が投与されたところ、アミロイドβの沈着が低減すると報告されており、今回の予測はそれを反映する結果となったとした。

今回の研究は、食品と機能性を網羅的にコンピュータ上で予測した最初の研究とし、食品機能性について、これまで知られていなかったメカニズムの解明につながる可能性や、疾病予防に対する食品の効率的な活用を促し、健康寿命の延伸へとつながる可能性があるとする。今回開発された手法は、疾病予防のための効果的な食事の選択や、食品化学研究の進展を促進することも期待されるとしている。