東北大学は7月1日、マウスを用いた動物実験により、生体内でがん細胞の除去機構として働くと考えられている、鉄依存性の細胞死「フェロトーシス」を起こした細胞から、老化抑制物質「FGF21」が分泌されることを発見し、同物質によって、細胞の老化性変化やマウスの肥満、短命といった老化に関連する特徴が抑えられていることを突き止めたと発表した。
同成果は、東北大大学院 医学系研究科 生物化学分野の西澤弘成非常勤講師、同・五十嵐和彦教授らの研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス全般を扱う学術誌「Cell Reports」に掲載された。
フェロトーシスは、2012年に報告された新しい細胞死機構であり、細胞内自由鉄(Fe2+)を触媒として細胞膜リン脂質の過酸化反応が連鎖し、「脂質ヒドロキシラジカル」が蓄積することで、細胞が死に至ると考えられている。生体内のがん細胞を取り除くがん抑制機構として働くことが明らかにされており、その点で注目されているが、それ以外に関しては、フェロトーシス細胞の生体内での意義は不明だった。
そうした中、『転写因子「BACH1」が、フェロトーシスに対する防御遺伝子の転写を抑制してフェロトーシスを促進すること』を、2020年に報告したのが研究チームだ。さらに、2023年には「BACH1を線維芽細胞で再発現させることによって、薬剤を使用せずにフェロトーシスを誘導できるモデル細胞」(以下、モデル細胞(1))の構築にも成功している。なおBACH1とは、ヘムや酸化ストレスに応答し、酸化ストレス下での細胞の反応に重要な役割を持つことが知られている転写抑制因子だ。そこで今回の研究では、フェロトーシス細胞の生体内での存在意義をより詳しく調べることにしたという。
まず、モデル細胞(1)の培養液を詳細に調査したところ、FGF21が大量に含まれていることが判明したとする。FGF21は増殖因子の1つで、遠隔臓器にまで作用する内分泌因子として働くことが知られている。肥満の制御に重要であると考えられており、脂肪細胞において脂質代謝を活性化させるほか、視床下部に作用して食欲を抑制する機能が知られている。また、筋肉などにおいてインスリン抵抗性を改善させると考えられており、糖尿病の治療開発の面からも期待されているほか、FGF21の遺伝子を導入したマウスで寿命が延びることが報告されており長寿因子としても注目されている。
そこで、その培養液を他の細胞に移譲して投与し、それらの細胞で遺伝子発現や増殖力、DNA修復などの比較が行われた。すると、フェロトーシスを起こした細胞の培養液の投与によって、細胞の老化性の遺伝子発現変化(がん細胞化ではなく、ストレスの蓄積に伴って起こる不可逆性の細胞の変化)が抑制され、細胞増殖とDNA修復が活性化することが明らかにされたとする。さらに、BACH1がフェロトーシスを誘導する際には、FGF21遺伝子の発現増加とFGF21タンパク質の分解抑制が組み合わさった二重の機構によって、FGF21分泌を増加させたことも突き止められたとした。
続いて、BACH1を欠損させてフェロトーシスを起こしにくくしたマウスが作出され、野生型マウスとの比較が行われた。その結果、肝臓や血液中でのFGF21が上昇しづらく、これらのマウスは肥満になりやすかったり、寿命が短くなったりすることが確認されたという。
以上の結果から、BACH1がフェロトーシスを誘導してFGF21を分泌させることで、生体において細胞の老化や肥満、短命などの老化に関連する特徴を抑制するという、フェロトーシス細胞由来のFGF21による抗老化シグナルが研究チームによって提唱された。
研究チームは今後、このフェロトーシス細胞からのFGF21分泌が、肥満と短命以外にも、その他のさまざまな老化に関連する病態を抑制するのかどうか研究する計画を立てているという。最終的には、このフェロトーシス細胞からのFGF21分泌を利用して、肥満、糖尿病、認知症、サルコペニア(筋肉量と筋力の低下)など、さまざまな老化関連疾患の治療開発につなげることを目指しているとしている。