全日本空輸(ANA)は、グループを挙げてDXを推進し、ANA経済圏の確立を目指したビジネスモデル変革を加速させている。なかでも、グループ横断でのデータ活用を進め、航空事業と非航空事業間のシナジーを創出していくことは、DX戦略の重要な要素となる。
ANAにおけるデータ活用や人材育成の取り組みについて、5月27~28日に開催されたオンラインセミナー「TECH+フォーラム データサイエンス 2024 May データ駆動型経営と変革の本質」で、同社 デジタル変革室 イノベーション推進部 データデザインチーム チームリーダー 常泉徹氏が、具体例を交えながら紹介した。
データ基盤の構築により、グループ内外のデータを新たな価値創造につなげる
ANAグループは2023年2月、2023年度から2025年度までの3か年の中期経営戦略を発表した。航空事業の利益向上、非航空事業領域の拡大を事業戦略の柱とし、航空事業を核としつつ、非航空事業の強化により「ANA経済圏」を形成することで顧客に多様な価値を提供していく方針だ。
中期経営戦略において言及されているDX戦略では、「グループ横断でデジタルとデータを活用してビジネスを変革し、価値創造を実現」することを掲げる。「2020~2022年度比でIT投資を1.5倍に拡大」「2025年度にデジタル人材を2022年度比で1.6倍に増強」「活用可能なデータ量を4倍に拡大」など定量目標を設定。データとデジタル活用によるグループシナジー創出と、データドリブンな経営への深化を重要テーマに据えた。
ANAグループでは従来、グループ各社・各部門がそれぞれにデータを保有し、個別のツールを使用する状態にあった。「かつてはグループ各社・各部門で完結しており、多くの領域が部分最適の状態にあった」と常泉氏は振り返る。この状況を変革すべく、同社はグループ共通のデータ基盤「BlueLake」を構築。グループ内の部門やグループ会社、さらには社外のデータまで統合し、横断的に活用できる環境を整備した。
「部門や会社の垣根を越えてデータを見渡せるようになりました。将来的にはグループ外のデータも取り込み、新たな価値創造につなげたいと考えています」(常泉氏)
BlueLakeの特徴は、多様な分析環境を備えている点だ。「ダッシュボードのほか、統計解析や機械学習ツールなどを活用した高度な分析、AIを活用した最適化や予測など、多様なツールで多面的な分析が可能」と常泉氏。従来は複数システムからデータを抽出・加工する必要があり、リードタイムを要していたが、BlueLake上で迅速かつ柔軟な分析が可能になったという。
加えて、BlueLakeのサブシステムとなるデータカタログ「Moana」により、BlueLake内に存在するデータの全容を可視化。「Moanaを見れば、どのデータがどこに保管されているのかを把握できる。掲示板機能を通じたナレッジ共有も促進している」と、データ活用基盤の利便性を常泉氏は強調した。
ビジネス部門自らがデータを扱える組織を目指す
ツールの整備と並行し、ANAではデータ活用人材の育成にも力を入れる。データの民主化を進め、DX専門部署だけでなく、ビジネス部門自らがデータを扱える組織を目指している。
「以前はデータ活用といえばDX部門が大部分を担っていた。しかしBlueLakeを利用すれば、データの収集・汎用化についてはDX部門が主導するものの、データ加工・集計・活用はビジネス部門が主体的に動くことができる。ビジネス部門自身でダッシュボードを構築することも可能」だと常泉氏は説明する。そのためにANAでは、ビジネス部門向けのデータ活用研修を実施。アジャイル開発の考え方や、ダッシュボードの作成方法などを学ぶ機会を設けている。「データに関するビジネス部門のスキルは日に日に向上している」と同氏は手応えを口にした。
データドリブンな組織文化を根付かせる取り組みも欠かさない。グループ会社社員に向けたWeb社内報「データドリブン通信」では、データ活用に関する専門用語やデータの有用性などを平易な言葉で解説。「データドリブンとは何か」を社員に問いかけ、意識変革を促している。
データ活用で航空機運航におけるCO2排出量を抑制
常泉氏は、データ活用の具体的な事例として、航空機運航における燃料消費量およびCO2排出量の抑制プロジェクト「Efficient Flight Program(EFP)」を紹介した。
EFPプロジェクトの成果は、燃料コスト削減による収益性向上のみならず、CO2排出量の抑制によるESG経営の実践という側面も持つ。
「航空機の地上走行時に稼働エンジンを1基に制限する、上昇中の主翼の格納タイミングを最適化する、着陸後の走行の仕組みを変更するなど、パイロットの操作により燃料消費を抑えられます。しかし、その効果を正確に把握するのが課題でした」(常泉氏)
従来の仕組みでは、関連する航空機データが複数のシステムに分散しており、データを抽出・加工して効果検証するのに時間を要し、リアルタイムでの分析が不可能だった。しかしながら、BuleLakeの導入により、一気に効率化が進んだ。
「ダッシュボードを見ることで、空港/滑走路別の施策実施率、施策を実施しなかったことによる機会削減量、フライトフェーズ別の燃料使用量など、詳細かつタイムリーに実態が把握できるようになりました。以前のやり方では本質的な情報が得られませんでしたが、ダッシュボードにより一目で分かるようになったことで、次の施策のアイデアにつながるケースもあります」(常泉氏)
複数のシステムからデータを抽出して加工する作業が不要になったため、スタッフ業務も効率化された。ダッシュボードはビジネス部門自らが構築しており、「データに関するスキル向上の効果もあった」としたうえで、同氏は「PDCAサイクルがうまく回るようになったことで、新しい機能やダッシュボードの構築につながっているだけでなく、燃料削減効果も順次増大していく」と期待を込めた。
ANAグループは、「ワクワクで満たされる世界を」をグループ経営ビジョンに掲げている。そのための原動力となるのが、データとデジタルの力だ。今後もデータドリブンな意思決定を進め、ビジネス変革を加速していく考えだという。