名古屋市立大学(名市大)は6月6日、「四次元フローMRI」で計測した流速の振幅と、「IVIM MRI」で計測した「f値」を脳脊髄液の拍動・往復運動を表す「Fluid Oscillation Index」(FOI)に統合することで、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発。
主に加齢が原因で脳脊髄液が増加する「ハキム病(特発性正常圧水頭症)」において、頭部の中心に位置する脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは激しくなる一方で、頭頂部の大脳とクモ膜下腔は圧縮されて脳の拍動が抑えられて脳脊髄液の往復運動が小さくなる事象を、全頭蓋内環境の変化として捉えることが可能となったと発表した。
同成果は、名市大大学院 医学研究科 脳神経外科学の山田茂樹講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際水頭症学会の機関学術誌「Fluids and Barriers of the CNS」に掲載された。
ヒトの体内を流れる血液・リンパ液・脳脊髄液などを、造影剤などを使用せずに自然な動きを観察する方法として、これまでに「Phase-contrast MRI」、「Cine MRI」、「Time-SLIP MRI」、四次元フローMRI、IVIM MRIなど、さまざまなMRIを改良した撮像法が開発され、すでに臨床で使われている。
そのうち、解析によって速度成分を数値化できるのが、四次元フローMRIとIVIM MRI。前者は、MRIで一心拍中の血液や脳脊髄液などの体液の流速を前後・上下・左右の3軸方向の位相画像として撮影し、これらを統合して三次元的な液体の動きを観測する方法であり、後者は、水分子のランダムな動きや自由拡散と微小循環を示す一定方向の動きと灌流を分離して提示する撮影方法である。
この2種類を用いて、脳脊髄液の複雑な動態を定量的に観測する方法を開発してきたのが研究チームだ。これまでの研究成果で、脳脊髄液の速い複雑な往復運動を四次元フローMRIで観測し、四次元フローMRIでは捉えきれなかった微細な遅い動きはIVIM MRIで計算したf値(IVIM MRIにおける微小灌流成分を0~100%の数値で定量的に示したもの)で観測できることを報告している。これまでの研究の結果、ヒトの脳脊髄液の動きを全頭蓋内環境でモデル化するためには、四次元フローMRIとIVIM MRIによって得られた脳脊髄液の往復運動を統合する必要があると考察し、今回の研究でそれを試みることにしたという。
今回の実験には、20歳以上の健常ボランティア127人と、ハキム病患者44人が参加。高解像度の3テスラMRI装置で、脳脊髄液観測用の四次元フローMRI(venc:5cm/秒)と、6条件のb値(0、50、100、250、500、1000s/mm2)で拡散強調MRIが撮影され、そして3D画像解析システムを用いた脳脊髄液の往復運動の観測が行われた。
その結果、四次元フローMRIによる流速の振幅(上方向と下方向の流速の和)の観測限界が0.4cm/秒であることが確認され、流速の振幅が0.4cm/秒に相当するIVIM MRIのf値が75%であることが同定された。そこで、全頭蓋内領域で計測したIVIM MRIのf値を用いて、流速振幅を推定すると同時に、両者を組み合わせた新指標としてFOIを作成し、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法が開発された。
そして今回の手法を用いて、健常者の加齢による脳脊髄液の往復運動の変化と、60歳以上の高齢者に多いハキム病における脳脊髄液の病的な動きが解明されたという。健常者でも60歳以上になると、脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは増加してくるが、ハキム病ではさらに往復運動が激しくなる。同疾患では、脳室と外側溝(シルビウス裂)の拡大により頭頂部の大脳とクモ膜下腔が圧縮されて、脳の拍動が抑えられ、側脳室と広範囲のクモ膜下腔内の脳脊髄液の往復運動は小さくなるという。
今回の研究成果によって、四次元フローMRIで計算した脳脊髄液の速い往復運動と、IVIM MRIで得られた微細で遅い往復運動を統合して、全頭蓋内の脳脊髄液の動態を可視化が実現された。研究チームは今回の手法を用いて、加齢に伴う脳体積の減少、脳血液循環・脳代謝の減少と強く関連した脳脊髄液の動きをシミュレーションし、ハキム病やアルツハイマー病などの認知症における脳脊髄液の動きとの違いを三次元モデル化して(デジタルツイン)、脳の老化や認知症や脳卒中といった疾患のメカニズム解明を目指す医工連携研究に応用していく予定としている。