目まぐるしく変化するビジネスに対応し、継続的に成長していくために、新規事業の立ち上げに尽力している企業は多いだろう。だが、既存の業務を進めつつ、新たな商品/サービスを生み出したり、開発戦略を立案・推進したりするのはそう容易なことではない。
そこで新規事業開発に特化した新組織「イノベーション開発部」を立ち上げ、独自の組織体制で取り組むことを決めたのがミツカンだ。同社が2024年3月、発酵性食物繊維に着目し、7種類のラインナップを揃えた新ブランド「Fibee(ファイビー)」を発表したのは記憶に新しい。同ブランドの開発を主導し、わずか1年半で具現化したのが、まさにこのイノベーション開発部である。いかにしてさまざまな課題を乗り越え、短期間で新ブランドの創出を叶えたのだろうか。
今回はMizkan Holdings 執行役員/Mizkan 代表取締役専務 兼 日本+アジア事業COOの石垣浩司氏にお話を伺った。
既存ビジネスを重視しがちだった、従来の新規事業開発
――今回発表されたFibeeは、従来の新規事業開発とは異なる組織体系で開発されたそうですね。
石垣氏:Fibeeは2022年に新設したイノベーション開発部が主導して開発しました。従来は、マーケティング本部などが主導して新規事業開発を行っていましたが、そこから研究開発チームを切り出し、イノベーション開発部を設立したのです。
――従来の新規事業開発の体制に、どのような課題を感じられていましたか。
石垣氏:率直に言うと、既存組織での新規事業開発は上手くいった試しがありません。既存組織が新規事業開発をすると、重要度や緊急性などが高い既存ビジネスや既存ブランドに比重が傾いてしまいます。例え、新しいものをつくらなければいけないという課題認識があったとしても、目の前にあることに注力してしまい、新規事業への考えが深まらないのです。
また、これは我々にも落ち度があるのですが、上層部も今年の売上や成果につながることを評価してしまいがちになるため、さらに、既存ビジネスの延長線上をやった方がアピールしやすいというような考えになってしまいます。もちろん、新規事業をやらなければいけないということは分かっているので、“とりあえずかたちにしよう”という力が働き、アウトプットは出てくるものの、つくっている本人も、上層部もそれほどワクワクしない、魅力的ではないものが多くなるという課題を感じていました。
――そこで、新しい組織をつくられたのですね。
石垣氏:はい、新規事業開発に集中できる環境を整えるため、別組織をつくりました。その際考えたのは、自主性を保ち、本当に自分たちがやりたいことをできる組織をどう設計するかです。あまり大きな組織だと自発的でなくなることから、グレイナーの企業成長モデルを参考に、いわゆるスタートアップ企業の規模感である数人から数十人が良いと考え、30人くらいを目安に、社内の若手や“やりたい”と手を挙げた人を中心にアサインしました。
ヌードルのことしか考えない“ヌードル課”はなぜダメなのか
――現在、イノベーション開発部は29名と伺っています。商品開発からコンセプト設計、営業活動まで新規事業に関わる全てを手掛ける人数としては、少ないのではないですか。
石垣氏:その通りで、おのずと1人1人が多能化せざるを得ません。逆に、役割分担をしてしまうと、リソースも足らないし、考え方が硬直してしまうため、イノベーション開発部ではタスクベースで仕事を決めていくことにしています。今日取材に同席している志村(イノベーション開発部 志村美咲氏)は、広報の窓口になることが多く、それ以外にも営業活動をしたり、売り場づくり、POS分析をしたりと、幅広く仕事に取り組んでいます。
――イノベーション開発部には「課」がないと聞きました。
石垣氏:労務管理上のマネジャーはいますが、それ以外はフラットです。仮に“ヌードル課”をつくったとします。ヌードル課はヌードルのことしか考えなくなってしまい、ヌードルではない方向に行くタイミングでもヌードルに固執してしまうといったことが起こります。もちろん、課題解決のため、ヌードルが必要であれば良いのですが、ヌードルをつくることが目的になってしまってはいけないのです。特に新規でやるものは、どんどんと変化していくため、そこに対応できる組織体制を考えました。
――それぞれが自発的に、さまざまなことに取り組む業務スタイルは、個人の能力に依存する部分が大きいのでは?
石垣氏:我々の部門では皆が比較的前向きに、自律的な働き方をしてくれていますが、それには理由があります。イノベーション開発部では「何をやるのか」ではなく、「なぜやるのか」を共通認識化しているのです。これを私は“Why”の共有と言っています。組織を立ち上げたばかりの頃は、この部分を説明したり、皆とディスカッションしたりすることに多くの時間を割きました。このブランドをなぜやるのかが共通認識されている状態なので、メンバーには、「Fibeeでどのように何をするのかは、レギュレーションの中で自由に考えて」と伝えています。
――Fibeeはどのようなコンセプトの下、生まれたブランドなのでしょうか。
石垣氏:弊社の主軸事業である家庭用調味料市場は、人口の減少や、中食・外食への移行などを考えると、国内において今後、成長が難しいことがグループ内でも共通認識となっています。ミツカンとして新しいビジネスをしていかなければいけないという危機感の下、従来の研究開発チームで医食同源をテーマにさまざまなアプローチを進めました。その中から“発酵食品で何かやろう”という話が挙がったのです。
コンセプトやプロトタイプを作成し、「これ欲しい?」「なんか違うよね」という議論をしながらたどり着いたのが、発酵性食物繊維でした。その後、新規事業としてブランド化していける可能性があると判断したタイミングで、イノベーション開発部を設立し、メンバーを増員しました。
社内説明のための調査や会議はすっ飛ばし、“Why”を議論
――組織設立から約1年半でのブランドリリースはかなり早いのでは?
石垣氏:はい、加えて7種類の商品が揃ってのスタートは弊社でもあまりないことです。
――その要因はどこにあるとお考えですか。
石垣氏:無駄な調査をやっていないことですね。調査で分かることはだいたい、すでに分かっていますし、社内説明のための調査や会議もすっ飛ばしています(笑)。実際、私がホールディングスに提出した資料も人口動態などから成る数ページしかありません。
ただ、ホールディングスとも“Why”の議論はたくさんしました。いきなり「Fibeeでやらせてください!」では「えーっ!」となりますよね。なぜミツカンが今、こういうことをしなければいけないのかの会議、ディスカッションが重要なのです。このWhyへの認識をきちんと合わせられているので、医食同源をテーマに、Fibeeという道筋で1回行ってみるという話がスムーズに進みました。
Fibeeでどんな面白いことができるか? 目標は「3年で売上100億円」
――では今後、Fibeeをどのように育てていきたいとお考えですか。具体的な数値目標があれば、ご教示ください。
石垣氏:現段階では、3年間で100億円の売上を生み出すことを目標としています。この目標も、どんどんと変化していっており、メンバーから自発的に出てきたものです。単年度では1億円くらいかな? そこはあまり明確には決めていません。
本当のスタートアップであれば、単年度からある程度、結果が求められます。しかし、ミツカンにとっては、言ってしまえば、これがなくなっても痛くもかゆくもない。ただ、Fibeeが次の中期経営計画の柱になることを目指していくことに変わりはありません。ホールディングスにも成長戦略の重要な1つとして認識してもらっています。今はこのブランドをどう浸透させるか、そのためにどんな面白いことができるかを考え、取り組んでいきます。