国立がん研究センター(国がん)と東京大学(東大)の両者は5月14日、国際共同研究に参画し、発症頻度の異なる日本を含む世界11か国の腎細胞がん962症例の全ゲノム解析から発がん要因の解析を行った結果、日本人の腎細胞がんの7割に、他国にはほとんど見られない未知の発がん要因が存在することが明らかとなったことを共同で発表した。
同成果は、国がん研究所 がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長(東大 医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター ゲノム医科学分野教授兼任)らが参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
腎臓がんは「腎細胞がん」と「腎盂(う)がん」に分けられ、前者が約8割を占める。腎細胞がんは、細胞形態から複数のタイプ(組織型)に分けられるが、「淡明細胞型腎細胞がん」(以下、「淡明腎がん」と省略)は最も頻度が高く、腎細胞がんの約60~75%を占める。その発症頻度は地域差があり、中欧・北欧で特に罹患率が高く、ここ数十年では高所得国で増加中で、日本においても増加傾向にあるという。発症の危険因子としては喫煙、肥満、高血圧、糖尿病があるが、それらの因子の関与は50%未満の症例に限られているともいわれており、地域ごとの腎細胞がんの発生頻度の違いは十分説明できていなかったとする。
がんは、さまざまな要因で正常細胞のゲノムに異常が蓄積して発症する。点変異のような突然変異は、がんドライバー遺伝子の活性化や不活性化を来す主要なゲノム異常の1つだが、近年の大規模ながんゲノム解析から、突然変異の起こり方には一定のパターンがあることが明らかにされつつある。こうしたパターンは「変異シグネチャー」と呼ばれ、喫煙や紫外線曝露といった多様な環境要因と遺伝的背景によって異なるといい、中でも点変異のシグネチャーは「SBS」と呼ばれている。
今回の研究では、淡明腎がんの発症頻度の異なる11か国から、日本人36症例を含む962症例のサンプルが収集され、全ゲノム解析が行われた。そしてその解析データから突然変異を検出し、複数の解析ツールを用いて変異シグネチャーを抽出。その後、地域ごと・臨床背景ごとの変異シグネチャーの分布の有意差についての検討が行われた。
その結果、日本の淡明腎がんの72%の症例で「SBS12」が検出されたが、他国では2%程度の症例に留まっていたとのこと。また先行研究により、日本人は肝細胞がんにおいてもSBS12の検出が多かったことから、日本での腎細胞がんおよび肝細胞がんにおけるSBS12を誘発する発がん物質への曝露頻度が高く、他国では非常に稀であることが判明したとする。
SBS12の誘発要因は現時点で不明だが、遺伝子変異パターンから外因性の発がん物質(環境要因)である可能性が高いことが示唆されたという。なお、日本人に多く見られるアルコールからアルデヒドへの代謝が滞る「アルデヒド脱水素酵素2型」のタイプと、今回検出されたSBS12との関連は明らかではなかったとした。
また今回の変異シグネチャーの解析から、淡明腎がんの発症に至る危険因子として、加齢、喫煙と相関することが検出された。特に、喫煙と相関していた「SBS4」は、すでにほかのがん種においてタバコ由来の発がん物質が原因であることが示されている。その一方で、肥満、高血圧、糖尿病などの危険因子と特定の変異シグネチャーとの関連は観察されなかったといい、その結果から、それらは直接的に遺伝子変異を来さないようなメカニズムで発がんに寄与している可能性が示唆されたとしている。
さらに、淡明腎がんで頻繁に突然変異するがん遺伝子として知られているVHL、PBRM1、SETD2、BAP1を含む136の遺伝子で、合計1913のがんドライバー変異が発見され、これらの遺伝子変異の頻度は各国で大差がなかったという。日本人症例で多く検出されたSBS12は、がんドライバー遺伝子変異に特に多いわけではなかったとのこと。その理由としては、まだSBS12を持つ症例の全ゲノム解析データが少なく、十分な統計解析ができなかったことが考えられるとする。
一方で、淡明腎がんの極めて強い危険因子である「アリストロキア酸」に曝露された症例では、がんドライバー遺伝子にも同酸に関連する変異パターンが検出され、同酸ががんドライバー遺伝子の突然変異に強く関与していることが解明された。
SBS12の原因となる物質は現在のところわかっていないが、研究チームはその解明に向け、多施設共同研究によって国内各地域からサンプルを集め、全ゲノム解析を行う研究計画を進めているとのこと。今後の研究でその原因物質やこの変異パターンによって誘発されるドライバー異常が明らかになれば、日本における淡明腎がんの新たな予防法や治療法の開発が期待されるとする。
また日本では現在、「全ゲノム解析等実行計画」を推進するための日本医療研究開発機構(AMED)によるプロジェクトが開始され、多くのがん種について日本人症例の大規模な全ゲノムデータが集積中だ。これらの研究においても変異シグネチャー解析を用いることで、日本における多様ながん種の発がん分子機構の解明と、予防への応用が期待されるとしている。