静岡大学は5月2日、タイミング課題中の「ベイズ推定」における「身体部位特異性」を解明し、2つの標的タイミングの分布に対してそれぞれ異なる身体部位を用いて応答することで、両分布を学び分けられるようになること、またその際に、手足のような離れた部位を用いる方がより早く学び分けられることを発見したと発表した。
同成果は、静岡大大学院 総合科学技術研究科 情報学専攻の松村圭貴大学院生、同・大学 学術院 情報学領域の宮崎真教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、学習と記憶に関する全般を扱う学術誌「npj Science of Learning」に掲載された。
ベイズ推定とは、観測された事実を用いてベイズ統計学に基づき、目的のパラメータを推定する手法のことをいう。近年、ヒトの脳はベイズ推定を用いて、課題標的の統計分布を学習し、最も成功確率の高くなる応答を計算していることがわかってきている。たとえば、野球において打者は、課題標的の統計分布(投球/打球の速度やコースの平均と分散など)を学習し、最もヒットとなる確率の高くなる応答を計算しているとされる。
しかし、ピッチャーが複数の球種やコースなどを使い分けてくるように、日常の課題では、標的にさまざまな統計分布が存在する(多様性の問題)。つまり、日常生活中でベイズ推定を効果的に利用するには、複数の分布を学び分ける必要がある。
そうした中で研究チームは、リズム動作の分析から身体部位ごとに異なるタイマーが存在するとする先行研究に基づき、タイミング課題における「身体部位特異性」の存在を予想。つまり、2つの異なる事前分布に対し、それぞれ異なる身体部位を割り当ててタイミング応答をすれば、両分布の学び分けが可能になるのではないかと考察したという。そこで今回の研究では、その検証のため、計56名の健常な男女(18~26歳)に参加してもらい、計7つの心理物理学的実験(うち2つは準備実験)を行うことにしたとする。
ディスプレイの注視点の左右いずれかに、3つの連続刺激(S1→S2→S3)が呈示されるという内容で、試行内で、S1→S2とS2→S3の刺激タイミング(TS)は同一で、参加者はS1→S2のTSからS3の出現を予期し、それと同時になるように応答がなされた。各試行のTSは、短時分布(速球)[424~988ミリ秒(平均712ミリ秒)]、長時分布(遅球)[1129~1694ミリ秒(平均1412ミリ秒)]のいずれかから、ランダムに選択され(両分布は、左右の刺激のいずれかに割り当てられた)、タイミング課題が640試行(40試行×16セッション)実施、S2から応答までの時間間隔(応答時間間隔、TR)が計測され、解析された。
ベイズ推定モデルに従えば、TRの試行間平均は、参加者が2つの事前分布を学び分けられなかった場合、両分布(短時/長時)のTR×TS関数のカーブが重なる。一方、学び分けられた場合、同カーブは独立したカーブを描くという。この理論的予測は、参加者に短時分布と長時分布を足し合わせた分布[424~1694ミリ秒(平均1059ミリ秒)]を学習させた準備実験I、および前半/後半のセッションでそれぞれ短時/長時のいずれか1つの分布のみを学習させた準備実験IIにより、妥当性が確かめられたとした。
また、2つの分布(短時/長時)の違いによらず、利き手の人差し指のみで応答した場合、参加者は、両分布の学び分けができなかったという。しかし、分布の違いに応じて利き手の人差し指/中指で応答した場合、最初の160試行では学び分けられなかったが、それ以降にできたとした。つまり、研究チームによる身体部位特異性仮説が支持されたのである。さらに、両分布に対応づける2つの身体部位を、人差し指/中指よりも手足のように差異を大きくすると、最初の160試行から両分布を学び分けられたとした。
今回の成果は、ヒトの脳がベイズ推定を行っているとする知見を、さまざまな事象の生じる日常環境での行動へと拡張し、教育や医療、スポーツなどへの応用へと結びつけていくための基盤の1つを提供するものとした。
研究チームは今後、(1)バーチャルリアリティを用いて、より現実のスポーツに近い環境での身体部位特異性の有効性の検証、(2)スポーツの経験やスキルレベルの違いによる、身体部位特異性による複数の標的分布の学習の速度や到達度の違いの検証、(3)自閉スペクトラム症(ASD)者を対象とした、身体部位特異性の検証(ASD者はスポーツが苦手で、標的分布の学習に不全があるとされる)、(4)身体部位特異性に関与する脳部位の特定(タイミング処理に関与し、体部位再現性(身体地図)も有する、補足運動野、小脳、大脳基底核などが有力候補)などの研究により、今回の成果を発展させていくことを展望しているとした。