「大丸」および「松坂屋」を運営する大丸松坂屋百貨店は現在、オンプレPBX(Private Branch eXchange:構内電話交換機)からクラウドPBXへの移行を進めている。電話端末は固定電話からスマートフォンへと切り替え、通話にはクラウド型電話サービス「Zoom Phone」を導入。もとはオンプレPBXの老朽化対策から始まった移行プロジェクトだったが、今やさまざまなメリットが生まれているという。

4月12日に開催された「Zoom Experience Day Spring」に、大丸松坂屋百貨店 業務本部 業務改革部 部長・佐藤隆氏が登壇。同社におけるクラウドPBX移行プロジェクトの全容と、それによって起きた変化について語った。

  • 佐藤隆氏

    大丸松坂屋百貨店 業務本部 業務改革部 部長・佐藤隆氏

積極的なデジタル活用への取り組み

大丸松坂屋百貨店は2010年、1717年創業の大丸と1611年創業の松坂屋が合併して誕生した。百貨店としての大丸と松坂屋は現在も大丸松坂屋百貨店の下で運営されており、全国主要都市に15店を展開している。

百貨店に対してあまりITのイメージはないかもしれないが、大丸松坂屋百貨店は積極的にデジタル活用に乗り出している。例えば2021年3月には洋服のサブスクリプション型レンタルサービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」をローンチ。1カ月12,350円で300以上のブランドの洋服を3着レンタルできるサービスで、12万人以上の会員数を獲得している。

また、OMO(Online Merges with Offline)の取り組みとして化粧品の情報メディア&オンラインストア「DEPACO(デパコ)」を展開。月間100本以上の記事配信と専任ビューティアドバイザーによるオンラインカウンセリングなど独自コンテンツを打ち出し、新規顧客の開拓に効果を発揮しているという。

顧客とのタッチポイントも、デジタル上へと広げている。同社の公式アプリは有効会員数165万人、ユーザー売上高は2,300億円にも上る。百貨店ビジネスの根幹を担う富裕層へのアプローチについてもデジタル化しており、外商専用サイトや若い富裕層向けのコンテンツ提供も行う。

オンプレPBXの更新にかかる費用の見積もりは数億円

そんな同社はもちろん、業務面でもデジタル化を推進している。グループウェアやワークフローを見直し、RPAや電子契約システムの導入を進めてきた。そんな中で現在取り組んでいるのが、電話システムの刷新だ。

「大丸松坂屋百貨店では全国の拠点にPBXを置いていますが、耐用年数を超過して老朽化が進んでおり、なかには保守切れのPBXもあります。このオンプレPBXを更新するには数億円かかる見積もりで、しかも元日しか休みがないため、切り替え作業も簡単ではありません」(佐藤氏)

何か他の手はないのか。調査の結果、「時代はクラウドPBXだと気づいた」と佐藤氏は言う。というのも、クラウド方式、それもキャリア型ではなくアプリ型であれば大規模な設備の設置や保守が不要であり、停電時の耐久性も高い。そのため結果としてコスト削減が見込めるわけだ。

もっとも、クラウドPBXにもさまざまな製品が存在する。その中で大丸松坂屋が選択したのがZoom Phoneだった。

「Zoom Phoneを選んだのは、2022年12月当時としては通話品質が他社よりも良好だったからです。ただし、管理画面が他社と比較して直感的でなく、(操作が)難しいという欠点もありました」(佐藤氏)

それまで使っていた固定電話をZoom Phoneを活用したスマートフォンに変更する決定については、社内からもさまざまな意見が出たという。それらを踏まえ、佐藤氏はスマートフォンの導入を単なるPBXの刷新ではなく「抜本的な現場コミュニケーション改革」と位置付けて導入を進めていった。

導入で何が起きたのか - 一変した現場コミュニケーション

具体的に何が「改革」だったのか。

「特に好評だったのはスマートフォンのチャット機能です。これまでは、例えば建物のエスカレーターが停まるなどの緊急事態が起きた場合、建物内に約600もある店舗を担当者が回って口頭で説明していましたし、その他のお知らせについても紙に印刷して店舗に配布していたため非常に手間がかかっていました。さらに、こうした非効率な連絡は“伝言ゲーム”になりがちという問題もありましたし、マネジメントラインに対してちょっとした相談をするのも難しかったのです」(佐藤氏)

こうした状況が、スマートフォンとチャット機能の導入で一変した。

佐藤氏が例として挙げたのが「朝会チャット」だ。このチャットでは、毎朝行われているミーティングの議事録が共有されるほか、「本日は◯時までに集合してください」などの一斉連絡が流れてくる。以前であれば紙で配布したり、口頭で伝えたりしていた連絡が全員に対して簡単かつスピーディーに共有でき、抜け漏れもなくなったのだ。

また、Zoom Phoneの導入でもさまざまなメリットがあったという。

その一例が、エンジニアがいなくても留守番電話音声の作成や通話録音設定が簡単に行えることだ。また、複数番号による受電と発信、保留した電話を隣の席の人がとれる機能などがスマートフォンでも実現できたこと、IVR(Interactive Voice Response:自動音声応答)やラウンドロビンといった機能が標準で搭載されていることなども画期的だった。

テキストから合成音声を作成したり、そのイントネーションや間をSSML(音声合成マークアップ言語)で調整したりできることもZoom Phoneならではの特徴だという。佐藤氏が例として挙げるのが、営業終了時に電話口で流れる合成音声だ。例えば、「はい、松坂屋名古屋店です」という音声のイントネーションに間を加えて自然に発声させたり、「緊急のご連絡に関しましては、0503432XXXXまでお願い申し上げます」といった音声の番号部分を「レイゴレイサン」という数字の読み上げではなく「ゼロ・ゴ・ゼロ・サン」のように電話番号らしく発声させたりといった微調整が可能なのだ。

目指すは電話交換の完全AI対応 - Zoom Phoneに期待する改善点は?

このように、Zoom Phoneには固定電話にはなかった多くのメリットがある一方、「もう少しがんばってほしいこともある」と佐藤氏は語る。

例として、スマートフォンの電波が弱い校外の場合、音声品質が安定しないことが挙げられた。また、「非通知」が「Anonymous」と表示されるなど、まだ日本向けにローカライズされていない部分も見受けられるという。さらに、マニュアルが英語の翻訳そのままの状態なのでややわかりにくい点も課題だったとのことだ。

「導入チャートがある今はいいのですが、最初に導入した札幌店のときは未知のことだらけで本当に大変でした。Zoom社さんのご協力もあり、ようやく(仕組みを)作り上げることができました。これを機に、今後は関西や名古屋でも入れ替えを進めていきます」(佐藤氏)

全ての大丸と松坂屋にZoom Phoneを導入し、固定電話からの切り替えを完了した後は、在宅でも電話交換できる仕組みを整えていきたいと佐藤氏は意気込む。将来的には電話交換の完全AI対応化を目指しており、Zoom社と共同研究を進めていくとしている。

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そもそもは、オンプレPBXの老朽化や保守切れ対応からスタートしたクラウドPBXへの移行とZoom Phoneの導入。だが結果として、大丸松坂屋百貨店では現場のコミュニケーション改革につなげることに成功した。同社と同じく、オンプレPBXの移行に迫られている企業は少なくないだろう。目先の課題にとらわれず、広い視野を持って進められた大丸松坂屋百貨店の取り組みは、これから移行に向き合う企業にとって大いに参考になるはずだ。