大阪公立大学(大阪公大)は4月23日、健康な成人男性20名の腋窩(えきか)から抽出された体液のサンプルを収集して代謝物の分析を実施し、腋臭症(わきが)に分類されるカレースパイス臭様の強い臭いがする群において、その臭いのもととなる代謝物の前駆物質が増加していることを確認し、その原因となる皮膚常在菌を減らす手法も同時に開発したことを発表した。
同成果は、大阪公大大学院 医学研究科 ゲノム免疫学の植松智教授(東大 医科学研究所(医学研) ヒトゲノム解析センター メタゲノム医学分野 特任教授兼任)、同・藤本康介准教授(医学研 ヒトゲノム解析センター メタゲノム医学分野 特任准教授兼任)、同・植松未帆助教、同・渡邊美樹医師(研究当時・大阪市立大学大学院 医学研究科 大学院生)、医科研 ヒトゲノム解析センター 健康医療インテリジェンス分野の井元清哉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、皮膚生物学と皮膚疾患に関する全般を扱う学術誌「Journal of Investigative Dermatology」に掲載された。
腋臭症とは腋窩より特異な悪臭を放つ状態であり、日本人の約10%に及ぶとされる。日本人男性の腋臭はその臭いの特徴から、化粧品メーカーのマンダムの研究に寄れば、臭気判定士により、ミルク(M型)、酸(A型)、カレースパイス(C型)、カビ(K型)、蒸し肉(E型)、生乾き(W型)、鉄(F型)の7種類と、その他に分類されるという(厳密には、そのうちの複数が混ざっている場合が多い)。割合としては、M型、A型、C型の順に多く、この3種類だけで9割を占めるとし、その中ではC型が最も臭いが強く、M型は最も弱いベース臭である。
ヒトの汗腺には、ほぼ全身にあって体温制御や精神的緊張で発汗する「エクリン腺」と、腋窩や外陰部に分布していて思春期になると性ホルモンの影響で分泌が多くなる「アポクリン腺」がある。後者からの分泌物が悪臭の原因とされ、臭いが強い人は同腺が大きくてその数も多く、分泌量が多い傾向にあるという。
アポクリン腺の分泌物は分泌直後は無臭だが、それらを前駆体として、皮膚の常在菌が代謝することで、悪臭を伴う揮発性脂肪酸やチオアルコールなどが産生される。主に報告されている前駆体(左)と代謝物(右)は以下の通りだ。
・3-メチル-2-ヘキセン酸(3M2H)-グルタミン→3M2H(揮発性脂肪酸)
・3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸(HMHA)-グルタミン→HMHA(揮発性脂肪酸)
・(S)-[1-(2-ヒドロキシルエチル)-1-メチルブチル]-L-システイニルグリシン(Cys-Gly-3M3SH)→3-メチル-3-スルファニルヘキサン-1-オール(3M3SH、チオアルコール)
そこで研究チームは今回、C型腋臭の発生メカニズムを解明する上で、腋窩の皮膚常在菌と悪臭に関与する代謝物の相関を検討することにしたという。
今回の研究では、健康な成人男性20人が被験者として参加(臭気判定士によりC型の11名(C群)、M型の9名(M群)に分類)。腋窩サンプルの網羅的な解析が行われた結果、C群で悪臭の原因となる代謝物の前駆物質が有意に増加していることが確認されたという。
次に腋窩サンプルのメタゲノム解析が実施された。すると、ブドウ球菌科の細菌「Staphylococcus」(スタフィロコッカス)がC群で有意に増加していることが判明。さらに、メタゲノムデータを用いて腋窩の悪臭の原因となる主要な代謝物(3M2H、HMHA、3M3SH)の代謝に関わる遺伝子が調べられた。その結果、3M2HおよびHMHAの代謝に関わる遺伝子「agaA」は、C群とM群で共に「コリネバクテリア属」の細菌が有していることが明らかにされた。
一方、3M3SHの前駆物質であるCys-Gly-3M3SHの取り込みに関わる遺伝子「dtpT」および、その代謝に関わる遺伝子「patB」についての検討では、M群と比較してC群でより常在性ブドウ球菌の「Staphylococcus hominis」(S.hominis)が関与していることが突き止められた。
研究チームはこの結果から、C群で増加している3M3SHの生成を抑制するために、S.hominisを特異的に減少させることが重要ではないかと考察。しかし、抗菌薬では同菌以外の皮膚常在菌も殺傷してしまうため、有用ではなかった。そこで、メタゲノムデータを用いて同菌に対する溶菌酵素の探索が行われ、合計で3つの溶菌酵素配列が同定された。そして、そのうちの1つを人工合成に成功したという。S.hominisを含む5種類の皮膚常在菌に対し、同酵素が投与されたところ、同菌のみが溶菌されることが確認された。
今回の研究成果は、腋臭症に対する新たな治療技術としての貢献が強く期待されるとしている。