競合と同じ空港施設を使い、天候に左右されるという条件は同じ、目的地まで顧客を安全に運び、その間に機内で食事などのサービスを提供する、とサービス内容も同じだ。

それでも、米Delta Airlines(デルタ航空)は、機内Wi-Fiを無料にするなどの工夫を続けている。目的は体験とブランド化、そこでは技術が重要な役割を果たしているという。

Adobeが3月末に米ラスベガスで開催した「Adobe Summit」の基調講演で、Delta CEOのEd Bastian氏がAdobe CEOのShantanu Narayen氏と対談した。

  • 左からAdobe CEOのShantanu Narayen氏、Delta CEOのEd Bastian氏

    左からAdobe CEOのShantanu Narayen氏、Delta CEOのEd Bastian氏

“高速な”無料Wi-Fiを提供

デルタ航空はまもなく創業100周年を迎える航空会社だ。北米の航空会社では最古。他の産業に比べると航空の歴史は決して古くはないが、その間に9.11などのテロ事件、最近では新型コロナと数々の至難を乗り越えてきた。

最も大きかったのはやはり新型コロナ、とBastian氏は振り返る。人の移動が制限され、航空は特に大きな打撃を受けた。北米では、United Airlines、American Airlinesなどが大規模な人員解雇を行ない、その規模は全航空会社合計で4万人とも言われた。だが、デルタはコロナを直接の理由とした解雇は行わなかったという。

Bastian氏は次のように振り返る。

「自社がなぜ存在するのか、目的は何のかを明確にする。顧客、コミュニティにとって重要な存在であると認識できれば、試練を乗り越えられるるという自信が生まれる」(Bastin氏)

旅行は必ず戻ってくるという確信のもとで、コロナ禍を乗り切ったという。それどころか「デルタは信じられないぐらい回復力のある企業になった」と試練を糧にしていることを強調した。現在、デルタの社員は当時から1万人増え、10万人規模になっているそうだ。

コロナへの反撃のようにも見えるデルタのイノベーションは、ちょうど旅行が戻った2023年初めに始まる。2023年のCESで、Bastian氏は機内Wi-Fiを無料にすることを約束したのだ。それも、“高速な”Wi-Fiだ。

体験を考慮すると、新しいサービスを提供してもその体験が悪ければ、むしろ企業にはマイナスだ。Wi-Fiを無料にするだけでなく、高速なWi-Fiを提供することは重要だったようだ。

無料の高速Wi-Fiを使うための条件はただ1つ、同社のロイヤリティプログラム「SkyMiles」に加入することだ。加入はもちろん無料。これをBastian氏は「Wi-Fiは新しい技術ではない。だが、われわれにとっては新しい“接続ポイント”になる」と述べている。実際、2023年に同社は新たに200万人以上の会員を獲得した。

その中には、デルタに搭乗経験のある既存顧客もいるが「どのような人なのかがわかっていなかった」とBastian氏。会員になった200万人に対し、その人に合わせたマーケティングができるようになり、パーソナライズされたマーケティング活動を進められるようになったと話す。

デルタの無料Wi-Fiは米国内ではほぼ整備されており、2024年中に国際線の導入を完了する予定だという。

積極的なパートナー戦略

機内Wi-Fiだけでなく、シートスクリーンのスマートスクリーン化も進める。SkyMiles会員は、自宅でストリーミングサービスを利用するようなパーソナライズされたスマートTV体験を得られるようになるという。

これらを展開するにあたって、デルタが進めているのがパートナー戦略だ。Wi-FiはT-Mobileとの提携で進めている。このほかにもStarbucks、Paramount+、New York Time、American Express、Lyftなどとの提携を発表している。

技術への取り組みはどうか。古いインフラが残っていたものの、ほとんどのインフラをAWS(Amazon Web Services)に移行済みだ。移行は年内に完了するという。

体験を支える重要な技術がアプリだ。デルタのアプリは旅行前から旅行中、旅行後とコンテンツやサービスを用意しているが、Bastian氏は「飛行機を使う旅行はストレスにもなりうる。われわれは、空の旅にワクワクしてもらえないかと考えている。そのためには、自分の体験を自分がコントロールしているという感覚が重要。それを提供するのがアプリと位置付けており、技術が大きな差を生んでいる」と力を込める。

  • Bastian氏

    Bastian氏

AIについて同氏は「AIと呼ぶより、インテリジェンスの拡張と呼びたい。中心は人間だから」と語る。そのインテリジェンスや情報は、航空の安全、従業員の作業の効率化などに大きな役割を果たしていると重要性を認める。

「われわれは1日5000便を運航しており、平均すると1日50万人以上を運んでいる。実に複雑な仕組みを支えているのが技術だ」(Bastian氏)。

そこでのポイントは、データがクリーンであることだという。「データベースとインフラが期待通りの答えを生成するものになっているのかを確認するために、多くの時間を費やしている」とBastian氏は述べている。

米国のEC事業社でトップ5

そのような取り組みが奏功し、デルタはAir Transport Worldより「2024 Airline of the Year」を受賞した。また、Ciriumより、定時運航率などが評価されプラチナ賞を受賞している。北米での定時運航率はトップを誇る。

このような取り組みは信頼につながり、別の効果にもつながっているーー航空券の直販率の改善だ。航空券はさまざまな旅行サイトや代理店から購入できるが、現在同社の顧客の60%がDelta.comから直接予約・購入しているそうだ。

実際、デルタは「米国のEC事業社でトップ5だ」とBastian氏は胸をはった(Amazon、Walmart、eBay、Appleが上位4社)。

合わせて、Fortune誌より「世界で最も賞賛される企業」の11位にランクインしたことも紹介した。航空会社ではトップだ。Bastian氏は「デルタは米国を代表するブランドだ。ブランド体験を求め、さらなる利用につながっている」と胸を張る。

ブランド戦略を示すもう1つの数字として「われわれの市場シェアは20%だが、業界の40%の利益を生み出している。つまり、デルタの座席は他の航空会社の2倍の価値があるということ。これがブランドだ」と同氏は強調した。

最後にBastian氏は「デルタが目指すのは、移動手段を超越したブランドとして認知されること。なぜなら、人々はどこかに行くためだけにデルタを選ぶわけではない。もっと安い方法や選択肢がさまざまある中で、人々はデルタが提供する体験を理由にわれわれを選んでいる」と述べ、体験とブランド戦略に自信を見せたていた。