人材サービスのアウトソーシンググループの特例子会社であるOSBSは、490人いる従業員の約9割が障がい者、残りはその支援者だ。同社は、オラクルのクラウドプラットフォーム「Oracle Cloud」を基盤として、AIを用いて社員のメンタル不調管理を行う仕組みを構築、名付けて“AI課長”DEBORAとして運用している。
OSBSの代表取締役社長 眞鍋謹志氏に、DEBORAをはじめとした同社のデータ活用の取り組みについて伺った。
障がい者の健康管理を目的としたデータ分析を
OSBSでは、誰もが充実した仕事を得る機会があるべきというビジョンの下で、障がい者が自分の能力や特性に合わせてアウトソーシンググループのシェアードサービス事業を展開している。
Oracle Cloudとの関係は、2019年、3万5000人のグループ全体の従業員の健康管理を主な目的に、自律型データベース「Oracle Autonomous Data Warehouse」とローコード開発プラットフォーム「Oracle APEX」を採用してデータ分析基盤を構築したことにさかのぼる。
当時、親会社のアウトソーシンググループで総務部長を務めながら、障がい者雇用も担当していたという眞鍋氏は、「今日は寝不足なの?」といった声がけを行うことで自然とできている健常者の健康管理が、障がいがある人にはできていないという問題を感じていたと振り返る。
そこで、健康に支障をきたすような事態を未然防止できないかと保健師を積極的に採用、同時に健康に関するデータを収集することにした。
さまざまな立場の人がセルフサービスでデータ分析が可能に
眞鍋氏は、データ収集といっても「しっかりしたデータ」、つまり健康診断や面談の結果といった明確なデータ、真実のみを集めたかったと話す。
それまでは、Excelなどを使ってデータを収集していたが、部門ごとにバラバラに管理されていた。そのため、全体がどのような状況にあるのかを把握できず、タイムリーなアクションを取ることができないという課題も抱えていた。
このような経緯から、OSBSはアウトソーシンググループ会社の従業員3万5000人の健康データを一元管理できるシステムを構築した。
Oracle Cloudを選んだ理由は「シンプルだから」と眞鍋氏。そこには、「DX(デジタルトランスフォーメーション)の先」を見据えたいという同氏の考えがあった。「システム化、データ分析、AIなど、現在DXと言われるものを超えた世界があるとすれば、次の段階に行けるように準備しておかなければならない」(同氏)
保健師を雇うことで個人情報の健康データを収集できるようになった段階で、Oracle Autonomous Databaseが登場し、すぐに導入を決めた。
真実のデータを使えるデータ分析基盤を得たことで、保健師、産業医、健康経営推進担当など、さまざまな立場の人がセルフサービスで必要なデータを可視化したり、分析したりできるようになった。これにより、課題となっていた「タイムリーなアクション」を取ることが可能になった。なお、OSBSにはIT担当はいないという。
AI活用により、メンタル不調を原因とした休職者が激減
データを一元管理できる環境が整ったことで、OSBSはそれを活用する段階に移った。その一例が、ゲーミフィケーション要素を取り入れた従業員エンゲージメントのためのサービスだ。
打ち合わせ、メール、面談などの活動に対してポイントを付与することで、楽しみながら業務を遂行できることを目指した。サービスは「Oracle Integration Cloud」「Visual Builder」などを使って、アジャイルに開発した。
そして、AI課長のDEBORAの開発に取り組んだ。DEBORAはDiverse Experience Become Objective Rational Abilityの頭文字をとったもので、ヘブライ語でミツバチの意味。
具体的には、機械学習を利用して、今後3カ月以内にメンタル不調を引き起こす可能性のある従業員を月1回予測し、どのようなフォローをすべきかを判断して、社内の支援者に指示を出す。その機能から、同社はDEBORAをAI課長として就業規則に登録しており、社員はDEBORAの指示に従うことになっているそうだ。
DEBORAを開発した狙いについて、眞鍋氏は「天気予報のような機能を持ちたかった」と語る。先述したように、OSBS社員は障がいを持つ人と支援者のみだ。「上司・部下が障がいを持つ人で成立している。“人前で話すのは少し緊張する”というような人をサポートするには、AIが健康状態のデータから“こうかもしれない”と、天気予報のように予想することが有効と考えた」(同氏)
DEBORAの基盤は、Autonomous Databaseに蓄積されている社員の毎日の健康データ、定期的な健康診断など。データの収集にはOracle Integration Cloudを用い、不調を予測するモデルは、Autonomous Databaseが持つMachine Learning AutoML UIを利用して構築した。MVP開発を行いながら、オラクルとOSBSが手を取り合い働き方制度や対象データ、UIの見直しを続けた。
運用から1年が経過しているが、効果は出ている。「突発事案によるものを除くと、メンタル不調による休職者はゼロになった」と眞鍋氏は胸を張る。支援者の対応漏れは72%減少、リスクのある従業員の面談回数は33%増加するなど、ウェルビーイングの促進に大きく寄与している。「人間の“第六感”に近いものができているのではないか」と同氏はいう。
眞鍋氏は、Oracle Cloudについて、「何でもそろったシステムキッチン。やりたいことができる機能がすべて備え付けられている」と評価する。オラクルの担当者は、当初はアジャイル開発としてスタートした案件だが、OSBSがやろうとしていることはビジネス革命だと判断し、リーンスタートアップ手法に切り替えたと話す。
AI課長の能力発揮により週休3日制を目指す
さて今後は、DEBORAについて、メンタル不調を検知するAI課長からさらに発展させる計画だ。
「会社経営のライフサイクル」「従業員のライフサイクル」を支えるプロセスのIT化などを促進し、プロセスの過程や結果として生成されたデータを検知・分析した結果をもとに、従業員や経営者に指導する。このようにAI課長が能力を発揮することで、週休3日制も実現したいという。
「障がいを持っている人と持っていない人は、仕事をする上で大きな違いはない」と眞鍋氏。身体の様子だけに気を配って障がいを持ったままにするのではなく、「皆と同じ機会や経験をする、社会に参加することが大切なのでは」と話す。
そして、眞鍋氏はあらゆる人が活躍できる機会が重要であるだけでなく、社会福祉士、作業療法士などの福祉や保健に関する資格を持つ人の社会的地位や報酬も改善したい、という熱い想いを語っていた。