栃木県矢板市。同県北部で県庁所在地の宇都宮市から北へ30kmの場所に位置する人口約3万人を抱える自治体だ。全国名水百選に選ばれている尚仁沢湧水や水源の森百選の高原山水源の森、森林浴の森100選の栃木県民の森など、豊かな自然に囲まれた風光明媚な場所でもある。そんな同市で先日、IT技術が盛り込まれた施設として「矢板市文化スポーツ複合施設」の落成式典が行われた。本稿では新施設の概要に加え、同市が今後目指す将来像にまつわる話を紹介する。

  • 新施設の外観

    新施設の外観

IT技術を駆使した「矢板市文化スポーツ複合施設」

同施設は、とちぎフットボールセンターに隣接する形で矢板市文化会館、同体育館などを複合化し、事業費約15億円のうち6億7000万円は国の交付金を充当している。

同市では複合施設の整備にあたり「~文化とスポーツを融合した街づくりの推進~『賑わいとふれあいの文化・スポーツの複合拠点の形成』」をコンセプトに、市民の健康づくりやスポーツツーリズムによる経済効果を高めるため、未来技術を導入して来訪者の回遊性を高めるとともに、競技力向上や健康データの見える化を進めることとした。

2022年度に着工し、3月25日に落成式典が行われ、建物は鉄筋コンクリート造2階建て、延床面積3300平方メートル。

  • 落成式典の様子

    落成式典の様子

収納式ステージや観覧席を備えた「多機能ホール」と、スポーツ中心の「アリーナ」と、いずれも延床面積は755平方メートル、トレーニングマシンを配置したエリアも整備されている。

  • 「アリーナ」

    「アリーナ」

  • トレーニングマシンを配置したエリア

    トレーニングマシンを配置したエリア

多機能ホールとアリーナにはバスケットボール、バレーボール、ハンドボールなどのスポーツの大会・試合を自動で撮影し、コンテンツ配信を行うAIカメラを備えている。

  • AIカメラ

    AIカメラ

矢板市教育総務課の石川民男氏は「数年前からEBPM(Evidence Based Policy Making:エビデンスにもとづく政策立案)への到達を目指すため、データ連携基盤の構築を検討していました。行政は政策判断・決定をしていかなければならないですが、オリジナル性が重要です。自治体によって住民像は異なるため、それぞれの自治体で政策決定しなければなりません。データを用いて、自治体独自の政策決定におけるプロセスで必要になってくるのものがEPBMだと考えています」と話す。

  • 矢板市教育総務課の石川民男氏

    矢板市教育総務課の石川民男氏

こうした矢板市の想いを汲み取り、ベースとなるデータ連携基盤の構築・運用に加え、データ連携基盤を活用したミニアプリやスーパーアプリの整備を支援しているのがTDCソフトだ。同市では体制を整備するため、2023年度にデータ連携基盤のプロジェクトを発足しており、2024年度からは本格的に利用できるような手はずを整えている。

TDCソフトが支援したデータ連携基盤システムとミニアプリ

今回の複合施設のオープンに伴い、TDCソフトではデータ連携基盤システム、連携基盤インタフェースの整備に加え、先行検証用アプリとして「ウォーキングアプリ」と「避難所アプリ」を開発した。

  • 矢板市における取り組みの内容

    矢板市における取り組みの内容

石川氏は「ITインフラが重要であるという考えのもと、まずはデータ連携の構築からスタートしました。機能的にはシンプルに作っているため、そこから横展開できればという感じです。まずは複合施設を一丁目一番地として、ほかにも広げていくイメージです」と説く。

データ連携基盤システムはAWS(Amazon Web Service)上に構築し、具体的に扱うデータの種類について、TDCソフト デジタルテクノロジー本部 デザイン&テクノロジーコンサルティング統括部 アドバンストテクノロジー部の岩崎秀祐氏は「これから稼働していくということもあるためまだまだですが、あらゆるデータを入れられるようにしていきます。まずは施設内におけるトレーニングマシンや、矢板市さんが持っているデータを想定し、その後はどのように活用していくかということを検討します。人口動態など機微なデータは使える形にして活用できればと考えています」と説明した。

  • TDCソフト デジタルテクノロジー本部 デザイン&テクノロジーコンサルティング統括部 アドバンストテクノロジー部の岩崎秀祐氏

    TDCソフト デジタルテクノロジー本部 デザイン&テクノロジーコンサルティング統括部 アドバンストテクノロジー部の岩崎秀祐氏

  • 連携基盤システム・連携基盤インタフェースシステムの概要

    連携基盤システム・連携基盤インタフェースシステムの概要

ウォーキングアプリは、Google マップを活用した地域マップや矢板市が持つ観光情報、歩数計機能、お知らせ機能を有しており、スポーツツーリズムとして市内外の人に利用してもらうというものだ。

  • ウォーキングアプリの概要

    ウォーキングアプリの概要

一方、避難所アプリについて、TDCソフト セールス&マーケティング本部 マーケティング・セールス部長の福田絢一氏は「避難所として複合施設が使用される際に、よくある問題としてどのような人が来ているのかということは職員が手書きで行っていることが多いため、チェックインアプリを作りました」と話す。

  • DCソフト セールス&マーケティング本部 マーケティング・セールス部長の福田絢一氏

    DCソフト セールス&マーケティング本部 マーケティング・セールス部長の福田絢一氏

福田氏は「災害時に広域ネットワークが利用できない事態を想定し、Raspberry Pi(ラズベリーパイ)を活用しています。インターネット環境がなく、停電であっても対応できるように省電力で動くRaspberry Piをサーバとして立て、スマートフォンでQRコードを読み込み、通信自体を直接Raspberry Piにつなぎ、チェックイン専用のQRコードを読み込めばチェックインが完了する仕組みです」と説明した。

  • 避難所アプリではRaspberry Piを活用している

    避難所アプリではRaspberry Piを活用している

続けて、同氏は「これらミニアプリの実証実験を通じて得られたデータを用いて、どのような分析ができるを2024年度は確認します。また、データ連携基盤の構築とミニアプリの検証を経て、複数のミニアプリを作り、来年度以降にスーパーアプリの検討を構築していければと考えています」と展望を口にした。

単なるデジタル化ではない、矢板市の取り組みに期待

石川氏は「単なる“デジタル化”ではなく、その先を目指しています。市では住民と接しているため、リアルな声が届きやすく、現場を知ってるからこそ、やれることがあります。今回の流れを止めずに前に進めていきたいです」と力を込める。

  • ロードマップ

    ロードマップ

将来的には、収集・分析したデータをもとに矢板市という人物像をAIによって作り出し、市民が満足するような政策を作っていくことが望ましい姿であり、分かりやすい政策決定をしていくにあたりEBPMの概念は重要だと石川氏は念を押している。

また、ゆくゆくは栃木県と共同で進めていくことも想定しているという。石川氏は「いずれ市を超えたものにしたい。国内では明らかな人口減少はありますが、自治体のサービスそのものは減りません。デジタル化だけでなく、プロセスそのもを変える仕組みを構築するべきだと考えています」と今後の展望を語っていた。